詰まった!!
僕の窮屈な頭蓋骨の中身。
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プラトンの至言。

ソクラテス「もっとも戯れの場合は別だがね」


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思い違い
なんということだ!
今の今まで思い違いをしていた!

僕は、人は真理を獲得するのが最終目標だと思っていた。
だがこれは間違いだ。
人類は真理を獲得するのが目標だが、個人にしては違う。
人類が真理を獲得するために必要なのは、衣食住、ほかにもあるだろう。
これらを支える人がいなくては真理を獲得には至らない。
つまり、個人の目標は、人類が真理を獲得するための支えが殆どなのだ!
真理を獲得できるのは、おそらく人類の一番最後の人だろう!
未来に生まれるであろうその人を支えるために今の人間がいるのだ。
ここにおいては、個人的な摩擦が現れて当然だ。
どの道がいちばん真理に近いかなど、わからないのだから。

さて、夜も更けたし、メモで終わり。
プラトンの冗談?
国家を読んでいるわけだが、なんとも可笑しい場面に出くわした。

そもそも本自体ネタみたいなことを主張しているのだが、これは直接的。

「ぼくの思うところでは、節度のある人は」とわたし(ソクラテス)は言った、「叙述を進めていって、たまたまよき人のある言葉づかいや行為に出くわす場合には、まるで自分がその当人であるかのようにして報告しようと望み、そのような模倣をすることを恥ずかしくは思わないで、よき人がそつなく思慮深く行為しているところはこれをできるだけ多く模倣するが、しかしよき人が(・・・中略・・・)打ちひしがれているところは、なるべく少ししか、そして程度も弱くしか模倣しない。ところが、自分が相手とするに値しない人のところへ来る場合には、(・・・中略・・・)本気で似せようとは思わず、むしろそれを恥じる。それは一つにはそのような人たちを模倣するのに慣れていないためでもあり、また同時により劣った人々のなかにみずからを嵌め込み、身にうつしとるということを、心のなかではそういう人を軽蔑しているから、腹立たしく思うためでもある。もっとも戯れのためなら別だがね」
「ありそうなことですね」とかれ(アディマントス)は言った。
(国家396-c~e)

この文章をプラトン自身が書いているところを想像してみてほしい。あきらかに、自分のことを意識したはずだ。たとえそれがソクラテスが言った言葉であろうと、プラトンが考えた言葉であろうと、自分のことに照らし合わせているのはまず間違いないのではないだろうか。
すると、プラトンが対話編で書いているというのは、自分より優れた人だ、と思っていたということと、優れた人を書く場合は対話編が望ましいものだと考えていたことがわかる。
ソクラテスの弁明で対話編じゃないというのは、アテナイ市民や原告者メレトスが、話すに値しない人だったから、ということで、ピッタリ合致しないだろうか。
メレトスはソクラテスと直接対話している場所があるが、メレトス自身殆ど喋らず、ソクラテス自身、

メレトス、それ、ごらん、君は黙っていて、口がきけないではないか。それでも、それは恥ずかしいことであって、私の言ったちょうどそのこと、つまり、君が少しも心にかけていないということの充分な証明であると、君は思わないか。
(ソクラテスの弁明24-d)

と言っているので、ソクラテス自身すごくやりづらそうだし、メレトスを語るに足る男だと思っていなかったのうだろう。

とまあ、こんな感じに、プラトンは冗談めかして自分のことを言っているのではないか、と思われる。

それから、国家の結論として、理想国家は哲人支配である、ということになっていて、一般的にこれはめちゃくちゃに批判されている。
もちろん、その批判は正しいと思う。少なくとも哲学者が支配したら、この世は崩壊しそうなものだ。
しかし、前提を忘れていないか?
国家のうちに正義をみることによって個人の正義をみるのが目的で国家の議論を始めた。
出発点は、個人の正義である。
哲人支配が個人の正義の終着点であるのなら、
個人が哲人に支配されるべき→個人は哲学者になるべき
と言いたいということは明らかではないか!
そもそも、プラトン自身、こんな国家はありえないということをほのめかしているし、
正義が見出せなかったからといって、人間に欲望をわざわざ与えたり、もうめちゃくちゃやってるし、
哲人支配が本物の国家に適用されるなんて、プラトンにしてみればひどい誤解だ。

ちなみに教科書的理解:理想国家は腐敗したアテナイを立て直すための策というやつは、おもしろいからもっとやるべし。
50年。80年。100年。
昔の人の寿命は50年だった・・・。今となっては80年。日本はそうだ。
そして、100年生きることも不思議なことではない。

なぜ時代が経つにつれて、寿命が長くなるのか?

あらゆる人はこう答えるだろう。

医学が進歩したからだ、と。

だが、全く違う発想で、医学の進歩もたんなる過程にすぎない、というこのような説はどうだろう。

人間は、既存の知識を身に付け、発展させ、宇宙を理解するために生まれてきた生物である。

発展させ、理解する、というのは、最悪の場合、肉体が無くてもできる。・・・この部分にイデア論を感じるかもしれないが、そういうこともあるけど、単に考えるだけなら寝たきりでもできるし、そんな感じだと思ってくれていいと思う。

知識を身に付ける、というのが肉体の仕事だとすると、寿命が延びているのはこう説明できる。

知識を身に付ける時間を長くしてくれているのだ・・・と。

なお、それがどのようにして長くなるのか、というのが医学を使って、ということになる。

つまり、知識が多くなれば、それを知る寿命を伸ばすために必然的に医学が生まれる。

発展途上国では、可能な身に付く知識が少ないから医学は発展しない。

若いころ事故で肉体を失った人は不幸である。少ない知識から発展させ、理解に至らねばならない。

寿命をまっとうした人は不幸である。無駄な知識を排除してからでなければ理解に至れない。

あらゆる人は不幸である。この世に、真理だけを教えてくれる人などいないのだから。

80年が短すぎるなんて思ってはいけないよ。

あまりにも長すぎるんだ。この世にある真理を知るだけなら、これで十分だ。

ただ、無駄な理屈がそこらへんに転がっているから、80年が短いように見えるだけ。

さあ、肉体を失ってからが大変だ。・・・やっぱりイデア論じゃねえか。
めんどい。
さて、mixiに書いた記事をそのまま引用しよう。僕のポリシーにより、前後の一部を省略する。

その前に、今日、ある友達から、「英語勉強すれば(お前なら)絶対できるようになると思うのになんでしないの?」みたいなことを言われた。自分でいうのもなんだが、そう思う。

理解力があるのに理解しない人は不幸である。

・・・ソクラテスならこう言うな。
「自分から不幸になろうとする人はいるだろうか?」
「決していません」
「では、医術を使えるにも関わらず医術を使わずに不幸になるような人はいないだろうね」
「もちろんです」
「同じく、航海術が使えるにもかかわらず、航海術を使わずに不幸になるような人はいないだろう」
「そのように思われます」
「では理解力があるのに理解しない人はいない」
「まったくその通りです、ソクラテス」
「では理解しない人は理解力がない、ということだ。つまり、医術を使える人は、医術を使って不幸にならないようにするはずだし、航海術を使える人は航海術をつかって不幸にならないようにするはずである。であるから、理解できる人は理解するはずであり、理解しない人は理解力がない人である」
「どうしてそうでないことがありましょう」

ぐにゃ~。これだからソクラテスの弁論術は・・・って僕が作ったんだけどね。

では引用。

僕は、人前で勉強するのが嫌いだ。

なんとなく、自分が無知であって、さらにそれを必死にカバーしようと抗っている様が相手に伝わってしまうのは恥である気がする。

最高の才能の持ち主は、勉強なんてしなくても、最高の理解力と思考力はあるはずで、公理を与えれば全ての定理を導ける人である。

こんな人になれるとは思わないが、すくなくとも、勉強している姿を見られている時点で、底が割れてしまう気がしなくもない。

特に、必死に勉強しつつも、受験戦争の波をはるか高みからみおろすことができない、という"普通"な状況になりたくない。

もちろん、まったく勉強しようとしないで、海の底から、水圧につぶされつつ波すら感じない場所にいるのもどうかとは思うが。

必死に浮き上がろうとするものは惨めだ。

本人は、惨めさをアピールして、哀れんでもらうことを期待しているようである。

それは、真の愛知者とはなれない。

こんなことを引用するのもどうかと思うが、イエスはこう言っている。

祈るときは、人に見られないように祈りなさい。
わざわざ人に見られるようなところで祈るのは偽善者である。

こう入れ替えてみたらどうだろう。

勉強するときは、人に見られないように勉強しなさい。
わざわざ人に見られるようなところで勉強するのは、非愛知者である。

わざわざ愛知という面倒な単語を使っているのは、これに相当する日本語が思いつかないからで、僕の語彙力の少なさが伺われるところである。

人に自分が抗っている場面を見られるのを恥と思え。

常に冷静に、自分の内に秘めた能力を高めよ。
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