詰まった!!
僕の窮屈な頭蓋骨の中身。
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46
8月はこの記事を含めて46回の更新でした。

まぁまぁの更新率に満足しています。

夏休みの宿題はまだ今日まで提出のものしか手をつけていませんが
早く夏休みが終わってほしいものです。

将棋も久しぶりに指してみたいし・・・。
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ため息
おととい、父が姉に向かって、いろいろいろんなことを言ってて、姉がため息をつきました。
そのとき、父が、
「そのため息が気にいらねぇよ!」
といっていたのですが、ため息ってそんなに悪いことなのかな?

実際に調べてみた。

ため息は、緊張した状態で、酸素が体中に回らなくなったときに、深い呼吸をして、酸素をめぐるようにする行為。

ため息には、リラックスする効果があるし、健康にもよいのです。

気分がふさいだときにため息がでるのは、体を弛緩させて、リラックスさせるため。

なお、呼吸系の病気の予防にもつながる、大変有益な行為なのです。


あくびも同じ。これはもっと重要。
眠くて脳に酸素が回らなくなってきたら、自然とあくびがでます。
あくびは一種の危険信号で、したいときにしないと、強烈な眠気や集中力不足などの症状にみまわれます。

そこまで重要ではないが、大切なのは、貧乏ゆすり。
血行が悪くなってしまったときに、体をほぐして、血のめぐりを良くする行為で、長時間座っているときなどは必須です。


どのようなマナーにも優先されて、自分の体のほうが大事です。
軽く我慢できる程度なら、我慢したほうが良い場合もありますが、
その欲求が強くなってきたならば、ため息などの行為はしたほうが絶対に有益なのです。
それを気に食わないと止める行為は、相手の健康を気遣わない行為だということになります。

というのが、一通りの結論です。

まぁ、ため息つくときは、どちらにしろ集中力が欠けていることは間違いないので、
ため息をつくな、と注意するより、集中しろ、と注意したほうが理にかなっていると思います。
悪魔のスケルツォ
アルカンの代表作、Op.39,No.3「悪魔のスケルツォ」を弾いてみました。

結構難しい。20小節目なんかとくに。
Trioは弾いてて楽しい。でもTrioの最後のほうの八分音符で両手が6度になるところが難しい。

短いから初めて見る分にもそこまで集中力は要らなくて助かる。

で、感じたことは、ショパンのスケルツォOp.31と共通点がいっぱい。
といってもショパンのスケルツォこれ一曲しか知らないのでなんともいえないんだが、とりあえず似ている。

まず、Prestoというところ。(アルカンはprestissimoだが)
ショパンのスケルツォのはじめの三連符と悪魔の出だし、これなんか響きは結構似ている。
そして、序奏が終わると、ffで、左手の和音と右手の8分音符、こんなのそっくり。
ショパンのほうが、美しい響きで、アルカンのほうが、怪しい響き。

そして、ひとたび旋律を終えると、また序奏が戻ってくる。
こんなところそっくり。

悪魔のほうのTrioとショパンのスケルツォの序奏の分厚い和音が結構似ている。
ショパンのTrioに該当する部分は悪魔にはないが。

そんな感じで、共通点はいっぱい。

ショパンのほうは1837年に作られたもので、アルカンは1846年に作ったのだから、アルカンのほうが影響は相当受けているのだろう。

どちらがいいかと比べることはできない。
部分部分が似ているというだけで、曲想や構想は全く違うから。

アルカンは多分題名から曲を作ったんだろうな。悪魔のスケルツォってなんともぴったりな題名。これ以上はない。

なお、難しいと評判の最後のpppの両手ユニゾンはそこまでつらく感じなかった。結構弾き易いし。
なんで難しいっていう評価になってるんだろう?
いろいろあって
今日は、いろいろ(1つの出来事だが内容が濃い)あって、更新する気が起きません。

出来事とは関係ありませんが、どんなときでも言葉遣いはしっかりしていたほうがいいと思うのです。
何度も・・・
きょうはなんどもおそらがぴかぴかひかりました。

雷のようです。音が一回だけ聞こえました。
どちらにしろ月食は見れなかった。まあ、何度もあることだしいいか。

学校の宿題で、プレゼンテーションをしろ、みたいなのがあったんだが、詳しいことを全く覚えてないから、勘だけでやっている。どちらにしろ8月中にだせ、ということなんで、やるしかないわけだ。

誰か詳しい内容教えてくれませんかね・・・?
やっぱすごいね
明日は皆既月食らしい。

月食のシステムはいうまでもない。
ちなみに部分月食だけしか見られないっていうのは結構珍しいんだよね。
珍しいだけでつまらないけど。

皆既日食は一度見てみたい。
3度くらい見てみたい。金環食も見てみたい。


アルカンについて思うことを少々。

鉄道はコンピュータ打ち込みはいくつもあるが、人間の録音は2つしかない。
そのどちらも、世間では酷評されているし、私自身も(片方しか聞いたことないが)良い演奏とはいいにくい。
アムランは、テレビの番組で一度だけ鉄道を弾いたそうだ。
ただ、あの人はちょっとあがり症なので、そのせいかどうかは知らないが、完全な失敗だったらしい。

これをアムランが弾けないと判断を下すとすると、大変だ。
もちろん、アムランだけがピアニストじゃないので、他にも技巧の優れたピアニストはたくさんいるが、彼らも納得のいく鉄道を弾くことはできないのではないか?

鉄道はあきらかに避けられている。
アルカンの代表作といえば、大ソナタ、短調練習曲、鉄道あたりが、比較的知られているものだが、
短調練習曲全曲はCDが2枚出ているし、部分を取り上げたものは、いくらでもある。
大ソナタは、CDこそ少ないものの、演奏会では結構取り上げられている。
ただ、鉄道は・・・、本当に・・・、聞く機会が少ない。

音楽的に悪い部分があって弾かれないと考えることもできる。
明らかに技巧を見せ付ける曲だからだ。
でも、鉄道は、ちゃんと練習曲と題名に書かれている。
練習曲に技巧がついていないほうがおかしいわけで、しかもその技巧が鉄道を思い起こさせる立派な要因のひとつに感じる。
感性は人それぞれなので、嫌われているのかもしれないが。


大ソナタを久々に通して弾いた。
最後4楽章では猛烈に邪魔が入って弾ききれなかったが。
その邪魔というのも、親が帰ってきて、もうやめろとわめきたてるのだが、スルーしまくってたら、途中で鍵盤をバシバシたたき始めた。
それもスルーして何事もなかったように弾いてたら、体を揺さぶってくる。
このまま行けば、(こちら側から)暴力沙汰になりかねないので、自己規制をかけた。
親は、朝に弾け、というが、この曲は朝に弾くものではない。
1楽章は別にかまわない。
だが、2楽章のフゲッタ部分(後述)、4楽章全般をなんで朝に弾くことができようか。
特に4楽章は背景は真っ暗である。
一遍の光すら見えないほど暗く弾かなくてはならない。
そんなものを、新しい希望あふれる朝に弾くことができるわけがない。
音を鳴らしたところで、それは音楽にならない。
私は、できれば深夜2時くらいに弾きたいくらいの気持ちだが、近所迷惑だし、そんなことができないのが残念だ。
防音室ほしい。

2楽章のフゲッタ部分。
私はいろいろ勘違いしていたが、この部分は8声である。
あるサイトに6声と書かれていたが、これは間違い。

まずはじめの4小節:1声
上段に全休符が書かれているが、これは謎。
この主題は2楽章の最後までの主題となり、さらに3楽章へと続く。

次の4小節:2声
主題が完全5度下
強拍に休みが来て後は流れるように動く旋律がくる。
この旋律はすでに主題と短2度を作っている。
少し違和感がある4小節だが、落ち着いて聞いていられる。

次の4小節:3声
主題が完全8度上。前と比べると完全12度上
第二旋律が完全4度下
付点のリズムの旋律がくる。この旋律は主題と第二旋律の組み合わせで成り立っている。
はじめのC♯を二回鳴らすところは、主題から取られているし、その後の上昇は第二旋律と掛けられている。

次の4小節:4声
主題が完全4度上。前と比べると完全5度下
第二旋律が完全8度上。前と比べると完全12度上
第三旋律が完全11度上。
3連符で強拍が休みの旋律がくる。
はじめのF♯3回は、主題のC♯2回の発展で、第三旋律とおなじ関連が見られる。
さらに、その後の上昇は、第二旋律と似ている。これらのことから、第三旋律を2倍速にしたような感じに聞こえる。

次の4小節。
主題が長2度下。前と比べると完全5度下
第二旋律が完全4度上。前と比べると完全5度下
第三旋律が短7度上。前と比べると完全5度下
第四旋律が完全18度上。
新しい旋律は、一番高音部に来ている。
もちろん目立つが、第四旋律と一緒にソプラノを歌っているような感じに聞こえる。

次の4小節。
主題が完全12度上。前と比べると長13度上。アクセントが付く。
第二旋律が長9度上。前と比べると長6度上
第三旋律が完全4度下。前と比べると長10度上
第四旋律が長9度上。前と比べると短10度下
第五旋律が短24度下。
前のメインは第四旋律と第五旋律だったが、今回は第三旋律と第六旋律が同じ役割を果たしている。主題にアクセントが付くが、第六旋律と相当相性が良い上、音の数が少ないので、響きとしては伴奏に近い。
響きは嬰ト長調である。

次の4小節。
主題
オクターブになって、長17度上。前と比べると長6度上。
さらに前打音とタイで結ばれている。前と同じく、アクセント付き。
第二旋律
長三度の和音が付いて、長7度上。前と比べると、長6度。
第三旋律
長3度上。前と比べると長6度上
第四旋律
短14度上。前と比べると長6度上
第五旋律
減19度下。前と比べると長6度上
第六旋律
短24度下。
新しい旋律は2つ。
3拍目からE♯で始まる。第六旋律と非常に似ていて、リズムは2拍ずれているだけ。さらに、3小節目から4小節目にかけての、B♯二回も第六旋律と一致する。
聞いていてもこの旋律があるのかどうかはよくわからないほど効果は薄い。
もうひとつの旋律は、半音階的な進行をするもので、3連符である。
この旋律だけだと、非常に不安な気分になる。
異名同音の規則によって、ダブルシャープが非常に多い上、トリプルシャープまででてくる。
なお、主題と第二旋律が良く目立つ格好になっていて、フゲッタが始まってから5~8小節目までと同じ様子になっている。
嬰イ長調(変ロ長調に聞こえる)

と、細かく解説ができるほど、中は理路整然として成り立っているものの、耳に入ってくるのは、雑然とした、よく分からない音である。
ボーっと聞いていると、柔らかい感触の音。
このフゲッタはウルトラ対位法のさきがけとして取ることができる。
8声対位法自体は、一般的な対位法として存在するが、対位法の規則にほとんど従っていないこのフゲッタは、あの厳格なイメージの対位法とは全く違う、ミクロポリフォニーの効果を持った、ウルトラ対位法に近い。

そして、このフゲッタが終わると、常に14音が鳴っている華々しい音楽となる。
根底にあるのは、主題と第2旋律と第4旋律。
そして、嬰ヘ長調の属七の和音が8小節にわたってなり続けたあと、
2楽章の57小節にでてくる旋律ととフゲッタの主題が合わさり、真のクライマックスへと導いていく。
そして、コーダにもフゲッタの主題が出てきて、すさまじい音量のなかでこの音楽は終わる。

そのあとの、優しい3楽章、冒頭の部分はフゲッタの主題と関連を感じることができる。

これほど音の多い音楽において、構成をここまで細かく組み立てられるアルカンの集中力はすばらしいものだ。

この解説書くのに1時間以上つかった、、、
音楽の分析って大変だね・・・。
眠さ全開
昨日11時に起床して、それから昨晩ずっと起きていました。

寝ていないとヤバイとわかっていたので、寝たのですが、意識が飛んでいた時間が、アルカンのソナチネ1楽章~3楽章までのあいだだけ。
約15分。

それからずっと寝てません。

でも、布団に入ると眠れない、なぜだろう・・・。

寝不足すると、なぜか興奮気味になる。

今日は、4kmくらい歩いたし、自転車で7km走ったし、結構疲れた。
取ります取ります
蚊取り線香って名前とやってること違うよね。
何もない世界
ジョンケージは音のない世界を求めて、無音室に入ったらしいですが、自分の鼓動と神経の音(耳鳴り?)が聞こえたそうです。

芸術には、いろいろありますが、その全ては5感に訴えかけるものです。

音楽→聴覚
絵画→視覚
建築→視覚(触覚)
料理→味覚、嗅覚、触覚、視覚(聴覚)

ほかにもいろいろありますが。

何も書かれてないキャンパスをひとつの絵とする絵画や、無音の音楽などもありますが、完全に何も見えない絵を描くことは不可能です。
全く光のない世界では、何も見えないに近い状況を作り出すことができますが、光の残像?の緑、赤、青、黒、白などの色が見えます。
味覚も完全に防ぐことはできません。口の中は、苦かったり、しょっぱかったりします。
嗅覚はほぼ完全に消すことができますが、嗅覚だけに集中すると、やはり何かしらのにおいを感じることになります。息を止めれば別ですが。
触覚を防ぐには麻酔をかければほぼ完璧にシャットアウトできますが、自分の力だけで消すことは不可能です。

私は基本的に音楽のほうしか良く分からないので、聴覚にだけに限りますが、聴覚を完全に消すには、自分の意識をふっ飛ばさないと無理です。
鼓膜を破ったところで、耳鳴りは聞こえるそうですから。
意識を吹っ飛ばすといっても、寝るぐらいじゃ無理です。

全ての感覚を消すには、死ぬしかありません。
脳が完全に死ねば、全ての感覚はなくなります。もちろん、それを自覚するのは不可能でしょうけど。
死ねば、おそらく、全ての芸術の原点を見ることができるでしょう。
何もない状態は、恐ろしくシンプルで、もっとも基本的な状態であるはずです。

そこには、快楽も苦痛もないから、何も感じ取ることはできないし、それに気づくこともないんですけど。

人間は、いづれ、この無の芸術にたどり着くのですが、それは案外悪くないものではないか、とも思います。
不幸と幸福が・・・
なんか今日は不幸と幸福とがいろいろ混じり合わさって現在の気分は悪い。

そう、気分が悪い、というか、体調がわるい。

今日、地元の花火大会がありまして、見てきました。

約一時間半、10000発。

家族の半分と、町内会の人たちと同席。

町内会で、打ち上げ花火は何度もあげているので、結構知識を持った人たち多数。

今年の夏祭りでどんな花火を上げるか、なんてことも議論してた。

空に、星は2つ、月が上弦と満月の間、結構丸い。

多少曇り、雲は固まっている。風が少々。

場所は、少し大きい店の屋上、駐車場。

尺玉は壮大、音も壮大、高さも高い。約1km。

他の玉は町内会でも上げられる。音も小さい、高さも低い。

光と音の差は2秒弱、距離は600mほど。

原始的なものの方がいい。下手に色がついていると、なんかやだ。

青い光は当然ない。青い炎色反応を起こすものがないから。

神秘性では月に全く及ばない。永久に光り続ける妖しい月の光にかなう光は人間の手で超えることはできない。


星が2つしか見えないのが残念だった。おそらく地上が明るすぎるせいだろう。
星を見に行きたいけど、やっぱ山にでも行かないと無理かな・・・。

行く機会は全くないけど。しかも星を見るとなると泊り込みじゃないと・・・。
誰か連れてってくんないかな・・・。
することが
することがありすぎて、やる気がうせて、結局暇になる。

という日がずっと続いています。
というか、今回の夏休みは全部そうかもです。

このブログの更新だけは恐ろしい勢いで進んでいますが。

最近自分の部屋の中の楽譜が多くなってきて、ベッドの上まで侵食されたので、PCの前しかいること無いです。
夏休みも
夏休みもあと15日くらいかな・・・。
長い・・・。

ゴドフスキーのショパンのエチュード5番編曲、左手だけのは、No.12aだそうだ。
何回か弾いたら、結構速く弾けるようになった。
でも、四分音符=69~84にはまだまだ遠い。
2回弾くと左手がダウンするしね。

イソップの饗宴の解説をなんとなく読んでたら、このメロディーは、どうやらユダヤらしいメロディーだそうだ。
ユダヤっぽいってどういうのか知らんが、
Op.23、サルタレッロとか、Op.41、小さな3つの幻想曲とか、変わったメロディーはなんとなく共通点がありそうな気がする。
こんなのはユダヤっぽいメロディーなのかな。

ユダヤっぽいってユダヤ教っぽい、ってこととは違うのかな、、よく分らん。
起床時間
昨日は、4時に寝て、自然に起きたのは15時、
今日は、2時に寝て、自然に起きたのは8時半

どうやら二時間早く寝ると、4時間半ほど得するようだ。
左手
ゴドフスキーのショパンのエチュード編曲(50曲くらいある)、の10番くらいの、黒鍵のエチュードを左手だけで弾くやつを弾いてみた。

なにこれ、原曲の3分の1の速度で弾くのが限度ですが・・・。

これを弾いているときに、アムランがこの曲について、
(比較対照は忘れた)とどちらが難しいですか、と言う質問に対して
「それは、左手がどのくらいうまいかによるね」
とか言ってたのを思い出した。
しかもその後、女性ピアニストが、
「じゃあ、あなたにとってはどちらも簡単なのね」
と言ってたのに対し、否定も肯定もせずに、笑っていたのを思い出した。
はっきり言って腹が立つよ。
なにがどのくらいうまいかによるね、だよ。
こんなの弾けるわけ無いじゃん。
また・・・
また変な夢をみた。

今回は、ゲームの世界?に入ってみた夢を現実の人に話すという形の夢になってる・・・?

白い体に、袴をはいた人・・・?が出てくる。
目の瞳だけは黄色く、また、鼻も黄色い。鼻が目と同じ構造をしている。
つまり、人間じゃなくて、モンスター。

そいつが、おもちゃ売り場?で暴れまわっているのだが、そいつがあまりにも強いので、殺してでもいいから止めなければならない。

木材やら、なんやらで殴っても、全く通用しない。
そこで、木材を目に突っ込んで、えぐってみた。

すると、目玉が飛びでてきたのだが、目の中に、まだ3個くらい眼球が入っている。
それを全部取り出して、鼻の中からもとりだす。

しかし、まだ、白い謎の怪物は動いている。

いくら殴っても、目のなかを突いても、びくともしない怪物にたいして、とりあえず逃げ回る。

火であぶってみたらどうだろうと考えて、小型火炎放射器で攻撃してみる。

ちょっとだけ効果があった。

そこで、T君が持ってきた、高温バーナー?(1m位あって、先からでる炎は小さいながらも高温)であぶってみる。

怪物は必死にこらえていたが、ついに燃え出した。

と、そんな夢をみたので、これをT君(同一人物)に学校で話していた。

と言う夢をみた。

細かいところは全て省いた。
このごろ思ってること、出来事
①ハンガリー狂詩曲2番のアムランのカデンツァと、アルカンの大練習曲3番に全く同じパッセージが。

②リゲティを弾いてたら、親に、その今の頭のなかはそんな不協和音状態だからやめて、と言われた。

③インク切れの表示がつく前は印刷がかすれたのに、表示がついたとたん、鮮明に印刷できるようになった。

④朝風呂にはまった。

⑤窓の外、すぐのところに、蜘蛛の巣に引っかかった、かなり大きい虫がいる。もう死んでいるのだが、この虫はいったい?体長約6cm

⑥地球温暖化

⑦一人が冷房をつけると共時性によって、他の人も冷房を付ける。だが、一人が冷房をやめると共時性によって、他の人も冷房を止める。

⑧上は選挙でも同じ。

⑨それでも自分の欲望には逆らえない。

⑩解析幾何学一からやりなおし

⑪どうしても夜1時までに寝ると、朝5時に起きる。

⑫・・・。
sauce
私はマヨネーズは嫌いだ。
あの卵と酢と、そして多量の油のまぜあわせは、
この世のものとは思えないおぞましさを醸し出す。

しかし、それがひとたびキュウリと混ざれば、マヨネーズの毒は浄化され、互いに共生しあう。
その生命の美しさは、神秘的な力を生み出す。

私はトマトが嫌いだ。
神によって天罰を下された者の血液の結晶のようなその物体は、野菜はおろか、食物にすらみえない。
だが、ひとたび煮てみれば、罪深きものの罪は全て許され、新たな命となってよみがえる、希望に満ちた炎と化す。

ケチャップともなれば、その鮮やかな赤は、われわれの原動力となってくれるようだ。

ケチャップは、ウスターソースとよくあう。
その出会いは、偶然の必然である。
ここまで見事に調和した、その新しい味を、ひとたび食材にかければ、

塩味が増す。
前衛音楽
私は現代音楽は結構好きなほうです。
前衛音楽となると、ちょっと理解しがたいものがあったりします。

リゲティーの「100台のメトロノームのためのポエム・シンフォニック」
を聞きました。
これは悪くはないですね。
ただ、100台というのはちょっと多すぎるかな、とも思います。
Youtubeで見たもので、音質のせいかもしれませんが。
ただ、乱雑と鳴っている訳ですが、多少の周期性は見出せます。
この動画では、結構幸運なことに、最後の2つの速さが似ていて、
その差が10%くらいだったことが幸いして、おもしろい効果が得られましたが、
このような偶然性の音楽は、不運にも最後ぴったり調和したり、2つの速さが2倍以上離れていると、あまりよくないのかな、とも思います。

ケージの4分33秒のCDがあるそうですが、
何も音が入っていないそうです。
これはどうかな、と思います。
どのようなCDでも4分33秒を流すことができます。
一時停止のボタンを押せばいいのですから。
今書いている途中にも、すぐそばのCDプレイヤーで4分33秒が演奏中です。
演奏会でこの曲を取り上げる分には、別にいいと思いますが、CDにするのはちょっと、、と言うのが私の意見です。

前衛音楽ではないかも知れませんが、
アルカンの大練習曲3番から、
A、C、♭D、♯F(ドが入った減7の和音)
を全て取り除いて聞いてみました。
これは結構面白いです。
不安定なリズムがなんともいえません。
ちなみにこういった行為は、作曲者にたいして失礼に当たるかな、とも思いますが、
音楽の可能性を追求することに罪は無いと思います。

なお、この発想は、リゲティーの練習曲3番から拝借しました。
著作権
う~ん、著作権がよくわからん。

規約を読んでみたけど、同じことを何度もかいてあるようにしか思えん。

今、私が問題としているのは、
CDの解説を翻訳して、ここに載せていいのかな、ということ。

保護を受ける著作物ってのが、あいまいすぎてわからん。

(保護を受ける著作物)
第六条3項:前二号に掲げるもののほか、条約によりわが国が保護の義務を負う著作物

これじゃあ、何が保護を受けてるのかわからん。

第十条2項:事実の伝達にすぎない雑報及び時事の報道は、前項第一号に掲げる著作物に該当しない。

たしかに情報の伝達にすぎないわけではあるが
(著作物の例示)
第十条:この法律にいう著作物を例示すると、おおむね次のとおりである
一、小説、脚本、論文、講演その他の言語の著作物

う~む、これも確かにあってる気がする。

ひっかかってたら、
第二条七の二にひっかかっちまうからな・・・。

面倒くさいね・・・法律って。
でも著作権が無いと、芸術家たちを公務員化でもしないといけなくなっちゃうから、逆に面倒くさいんだよな・・・。
なかなか面白い夢
今日はおもしろい夢をみた。
すべて覚えているので、そのまま話す

ソルフェージュの教室が終わったあとの話だ。
先生に呼び止められて、
「商売してみない?」(商売ではなくバイトのほうが正解)
といわれた。
そして、両手で何十枚もの500円玉を差し出してきた。
「何をするんですか?」
と聞くと、
「あるものを運んでくれるだけでいいんだ」
と言った。
着いていこうとすると、学校の同級生Mと出会う。
Mは
「俺もやります」
と言ってついてきた。
Mは
「俺もやるから半額くれよな」
と言ってきた。
「まあ、半額くらいはあげるよ」
「半額くらいってなんだ、半額よこせ」
「はいはい」
そして、先生の後についていくと、地下の広い部屋に通された。
ガラス張りになっている部屋の中に入ると、まるでクレーン車のようなものが10位おいてある。
「これを2階のトレーニングルームに運ぶんだ」
「はい」
そして、Mはそのクレーン車を引っ張ってみる。
台の上においてあるクレーン車を引っ張ると、タイヤが少し動いたが、これでは二人がかりでも運べるはずがない。
と思って、私も、隣のやつを引っ張ってみると、容易に動いた。
それは、クレーン車の形をした掃除機であった。
掃除機を持って、二階まで行く。
途中、同級生Hとその前の夢に出てきた小学生A,Bと出会うが、軽く頭を下げても、無視されてしまった。
二階に行ったら、階段がややこしく入り組んでいる場所で、
トレーニングルームは見えるのだが、床がつながっていない。
一回一階に下りて、違う階段からあがらなければいけないようだ。
そして、こんなところで時間食っていたら、Mにバイト料の半額以上もって行かれる、と思いながら、別の階段でまた二階までやってきた。
そして、また地下に戻り、また掃除機を別の持ち方にして、運ぶ。
今度は階段を間違えることなく上った。
そして、また地下に戻り、掃除機を運ぶ。
一回目と同じ階段を上ってしまい、また元に戻り、エスカレーターで上った。
エスカレータの段の側面に
"ウラガネ金融注意"
と書いてある。なぜか金融は黄色い字(他は白)で書いてあった。
そして、ウラガネ金融注意は2段続いていて、その上には、
"エレベータ注意"
と書いてある。
その上には、
"もう二度とヤミ金に行かないので許してください"
と書いてあった。
そして、"3階"にたどりついた。
そこには青い扉のエレベータががあったが、階を表示したりしていない。
かっこいい字体でElebatorとか書いてある。
どうやらここはヤミ金融Elebatorのようだ。
そして、私は急いで二階に戻り、手すりを乗り越えて、トレーニングルームにたどり着いた。
Mもそこにいた。
そして、私はまた掃除機を運ぶために地下に戻った。

地下につくと、知らない人がいて、私達に向かってこう言った。
「私の息子は全く駄目だ!それに比べてあなた達は最高だ!しかし、ひとつ駄目なのがある!」
と言った後
「名前が駄目だ!名前を付け直したら、最高の光を放ってくれるのに!」
とわけのわからないことを言った。
親から貰った名前を付け替えるはずないだろ、とか思っていると、Mが
「名前を付け替えます!」
と言った。
「名前を付け替えることで、俺が光り輝くことができるなら、名前を付け替えます!」


―――ここで目が覚めた―――

書いてる途中思い出した。
その前に出てきた小学生というのは、

私は外を歩いていた。
林の中や、野原を抜けてきた、川のあるばしょ。
そこには、コンクリートの階段があり、同級生たちがいた。
そこに小学校の先生Nがいた。
コンクリートの階段は、階段の横がなめらかな坂になっていて、高さは2.5mくらいである。
私は、坂のほうに座ったら、そのまま滑って下に落ちてしまった。
そして、急いでのぼっていくと、Nはこんなことを言い出した。
「今からテストを始めます。こうやってこの坂をすべるのです」
といって、横向きに立って、すこし前かがみになった状態で滑っていった。
私は友人に
「靴にすごく悪そうなテストだな」
と言った。
先生は
「できない人は座りながら滑ってもいいです」
とか言っている。
そして、出席番号順にテストが始まった。
いろんなすべり方をしている人がいて、ついに私の番になった。
普通に、横向き前かがみで滑った

―――ここで夢は終わり―――

この夢じゃねえ
え~と

私は体育館のステージを見ていた。
そこにはいろいろな芸をやっている人や、歌を歌っているような人がいて、お祭り騒ぎだった。
そのなかに、上の夢にでてくる小学生のA,Bがいた。(知らない人)
私は最後に感想文を書いていた。
その感想文は漫画の話だった。
この漫画についてどう思いますか?みたいなものだったが、
一つ目は内容も知っていたが(何の本だったか忘れた)、二つ目は全く知らないものだった。

そしてソルフェージュの先生につれられて体育館をでる・・・

あ、その前にも夢あったか!

車のなかで、いろいろ小学校の同級生と話していたやつ・・・

もういいや。
医者にかかるということ
相手を信頼するってのが意外と難しい。

ここでの信頼は、仕事を任せたりする信頼じゃなくて、
もうちょっと根本的に、
自分の心と体を相手に預ける
ということ。

今日、病院に行ってきたわけですが、
治療してもらうとき、どうにも体中に力が入ってしまう。
意識して力を抜くことはできるんだけど、すぐにまた力が入ってしまう。
身体的苦痛はそこまで大きくないし、相手もベテランの医者なんだから、もうちょっと力が抜けてもいいのに・・・。

結局、信頼しているつもりでも、完全にはできていなかったということだ。

考えて直せるものではないんだけど。
敵役
まあ、物語ならなんでもいいんですけど、
小説とか漫画とかアニメとかドラマとか・・・
何でもいいから、主人公じゃなくて敵役に感情移入してみる。

これが案外難しいんだな。歴史ものとかならまだやりやすいけど・・・。

ゼロ和ゲーム(双方の利益と損害の合計は変わらない)の場合はハッピーエンドがバッドエンドに変わる。
敵も味方も幸福になるパターンもたまにはあるけど、たいていのハッピーエンドのときは、バッドエンドだ。

しかもそれが相当不条理なものが多かったりする。
主人公が幸運に恵まれたとき、敵役はおそろしく不条理だったりすることがある。
このときの悔しさは異常。

ちなみに、主人公がバッドエンドになるときでも、たいてい敵役は幸福になれないことが多い。

でも違った視線で物語を見れたりするから、結構おもしろいかも。
はじまりとおわり
最近、また夢を見るようになってきた。
しかも、その方向性がおそろしく、またあまり快いものではなくなってきた。

2つに分かれる。
走馬灯のごとく過去の回想(記憶操作が入っている)の夢と性的な夢だ。

後者については、年齢的なものからいくらでも説明できるとして、、
過去の回想はひどいものだ。
まず、その夢の鮮明さがおかしい。
色がついている、自分視線である、時間の経過がある、自分の意思で行動できる、夢だとわからない、などのことがある。
問題なのは、その出来事が夢であれ現実であれ、以前あった出来事であることは間違いないと思わせられることだ。
いわゆる既視感なのだが、頻繁におこりすぎていたり、新しく作られた記憶が鮮明に思い出せるなど、すこし不気味である。
目が覚めたあと、はっきり、これは過去の出来事をなぞっていたんだと思う。
でも、それが本当にあったことなのかは、よくわからなくなっている。

たまに夢のなかで決め台詞を言われることがあるのだが、
間違いなく自分で作りだした言葉であるはずなのに、妙に新鮮で巧妙な言葉であることがある。

誰か夢診断でも行ってくれないかね・・・。
冷房より
冷房つけようとして気づいた。
外に風かある。

というわけで窓を開けた。

・・・なんてさわやかなんだ・・・。

快い風に気分は上々。
夏休みも
夏休みももう後半ですね。
どちらにしろ、体感時間は短いくせにやけに長い夏休みです。

9月7日まであるわけですが、このあいだに有効な日は何日あるものか。
本当に毎日がぐだぐだです。

夏休みの宿題なんてものもあったけど、いつでもやれそうでやる気がでない。

最悪ですね。はい。
あーあ
CDプレイヤーにアムランのCD5枚いれて、再生して寝たら、聞き入っちゃってなかなか眠れず、ようやく寝れていい夢みてたら途中で起こされ、地震ですよ。

人間だって生物ですから地震の直前には起きるくらいの予兆の感じ方はしてるんですな。

で、結構大きかったので、こんなときばかりと実験。
寝てたときと立ってたとき、どちらのほうがゆれを感じるか。

結局、立ってたときのほうが揺れはあまり感じないようです。
恐怖感は両方ともほとんど感じませんでしたが、立ってたときにゆれを相当感じるなら、恐怖感もすごいものだろうな、と想像してました。

で、結局震源まで40kmくらいしか離れてなくて、震度3ですか。
あんまりおもしろくないですけど、何事もなくてよかった。
Chopin
僕が小学生のときは、一番好きな作曲家はショパンでした。
理由は、リラフレッチャーピアノブックという本の最後のほうにワルツ3番の編曲(左手のフレーズが右手にきてた)を弾いたとき、原曲を知りたいと思って、ショパンピアノ曲集を買ったからです。
そのときは小学2年生くらいだったので、弾けるのは夜想曲二番くらいのもの。
でも、CDを聞いたりするうちに、他の曲、とくにマズルカなんかを気に入っていきました。
小学校3年のときに、初めて発表会でショパンを弾きました。
夜想曲の遺作で、嬰ハ短調の曲です。
小学校5年のときにはバラード一番を演奏しました。
この発表会は今でもよく覚えています。
多少緊張しながらも、ほぼノーミスで弾ききることができました。
あせったところもありましたが、そのときの自分にとっては完璧なできばえだったと思ってます。
そして、この発表会をきっかけに祖父にグランドピアノを買ってもらいました。
家に設置されたのは小学校6年の7月、そのときの喜びといったらもう何事にも変えがたいほどでした。
そして、ショパンの付属としてリストにも興味を持ち、
リストからアルカンとわたっていった時には、すでにショパンへの興味はだいぶ薄れていて、
昔の熱意はどことやら、という状態になってしまいました。
今、ショパンの曲のなかで、本気で好きだ、と思うのは、ピアノソナタ3番だけです。
もちろん、あまり曲を知らないということもあるかもしれませんが、
幻想即興曲、軍隊ポロネーズ、華麗なる大円舞曲、アンダンテスピアナートと大ポロネーズ、子守唄、雨だれの前奏曲、などに失望していきました。
英雄ポロネーズはまだいいんですけど。
エチュードは練習としての価値は高いと思うので、悪くは無いと思います。

結局私のなかでアルカンによって捨てられたショパンなわけですが、
今日、ショパンのピアノソナタ3番を弾いて見ました。
最後まで弾いたことは3年くらい前、一度ありましたが、ほとんど曲になってなかったので初見に近かったのですが、
結構弾けました。
びっくりですよ、3年前はあんなに苦労してたのに、あまり苦労はしなくなったんですから。
2楽章のスケルツォにちょっと手間取ったり、4楽章で結構ミスが目立ったりはしましたが、弾ききることは簡単にできました。
アルカンの短調練習曲に比べれば簡単なほうです。
あの曲は一度極めてみたくなります。

そんなことをするちょっと前に、アルカンの大練習曲1~3まで全部通してみました。
合計40分、リピートはなし。
右手の練習曲の変奏になってからが難しい。
オクターブの跳躍はもう慣れっこなんですけど。
でもクライマックスは格好良い。
右手だけとは思えない壮大さがそこにはあります。

以上。
順序
学校の科目で、現在、実技以外のもので私のとっているものは、
現代文
古文
漢文
英語
数学
地理
経済
物理
化学
と言った感じです。
好きな順番に並べると
数学
物理
化学
経済
地理
漢文
古文
現代文
英語
という順序になります。決して成績とは関係ありません。
やってて楽しい順番です。
なぜこのような順序になるかは分かってます。
上であればあるほど、広い場所で通用するのです。(下のほうの国語系は無視してください)
数学の通用する範囲は、全ての場所です。
この宇宙の外であっても数学は絶対的な学問になっています。
物理が通用するのは、この宇宙の中と一部の別の宇宙です。
力学などは別の宇宙では通用しない可能性があります。
化学が通用するのはこの宇宙の内部だけです。
他の宇宙には電子や陽子などが存在する可能性が低すぎる上、存在したとしてもこのような性質を持つとは考えにくいものです。
経済はこの地球上と、一部のほかの生命系で通用します。
緻密な経済構成はおそらくほかの生命系でも通用するところはあるでしょう。
地理はこの地球だけに通用します。
ほかの生命系は、その惑星と地球の物質が非常に似ていなければいけません。可能性は経済の範囲より狭いでしょう。
国語系は、ある一定の国でしか通用しません。
一番狭い範囲しかありません。
さらに、その学問が通用する時間が一番短いのも国語系でしょう。
だから国語は嫌いです。
せめて一番広い範囲で通用する英語が上に来ればいいのですが、
英語はだめです。
苦手で嫌いです。
そろそろ直したほうがいいのは分かっていますが。
実用生活で役に立つのは皮肉にも国語、社会、理科、数学という順番にならんでますからね。
悲しいことです。
現実性と非現実性
現実と非現実との区別が最近怪しくなってきた。

理由は、なんか妙にリアルな夢を良く見るからだ。

もちろん、覚醒している状態で現実か非現実か分からなくなることは無いが、

夢を見ているときが問題だ。

もちろん、冷静になって覚醒してから考えると現実にはありえないようなことが夢の中で起こっているわけだが。

例①
朝7時に起きて、朝食をとった後、10時ごろ、また寝てしまった。
そのときに、J.S.バッハのブランデンブルグ協奏曲を聴いていた。
夢のなかで、家の隣にある家族が引っ越してきた。
その家は私の部屋の窓から見てすぐのところにあった。
[現実では、右を見ると隣の家の屋根の上を見渡せ、前を見ると空き地がある]
引っ越してきた家のおじさんが、私の窓の下(屋根の上)でなにやらしていた。
私の部屋の窓は開いていた。
そこから、私の部屋のものが落ちてしまって家の屋根の上に落ちてしまって、私は窓からそれをとりに行こうとした。
私は窓から半身が出ている状態で、なんとか落ちたものを全て拾うことができたが、おじさんに見つかってしまった。
とりあえず挨拶をすると、おじさんは
「挨拶は大事なことだよね」(ここら辺のやりとりは複雑だった)
などといって、私の家を訪問してきた。
そのときの格好が、厚着にマスクに、帽子、サングラスをしているという謎の格好だった。
・・・以下のやりとりは忘れた・・・
私は部屋に戻って、J.S.バッハのブランデンブルグ協奏曲が流れていることに気づいた。
結構な音量で、しかも窓が開いているから、漏れているかな、とも思った。
・・・以下、また隣のおじさんとやりとりがあったが忘れた・・・

例2
同じくCDをかけっぱなしにして寝ていた。
CD5枚の連続再生で、そのときに入っているものは、
鉄道、前奏曲から数曲、エスキスから数曲、その他
短調練習曲1~7、夜想曲や前奏曲から数曲、その他
短調練習曲8~12
ブランデンブルグ協奏曲1番、6番、2番
ブランデンブルグ協奏曲4番、3番、5番
(はじめの3つはアルカン、あとはJ.S.バッハ)
風呂から上がってくると、どうもエスキス18番小リートが流れてくる。
そして、その直後にエスキス21番いとまごいが流れてくる。
どうも演奏しているのは親のようだ。
私の部屋に戻ると、ある女性がいた。(1年半前から時々会ってた人です。別に関係があったわけじゃありませんよ)
その人がエスキス38番良き願いを口ずさむ(どうやって和音を歌ったのかは謎である。)
私がアルカンですね、と言ったら、
・・・それ以降のやり取りは忘れた・・・
その人が風呂をわかしてきますね、と部屋を出て行った。
私はアルカンの楽譜を取り出して、大練習曲3番を弾いてみようと思った。(電子ピアノで)
しかし、どうにもおかしく、時間がすぎていく。
そしてその女性が戻ってきた。
一緒にアルカンの楽譜を鑑賞することになった。
・・・このあとすげー混沌とした事態が起こるんだが、正確なことは忘れた。巨大数の研究とかが関係ある・・・

なんの例だかよくわからんな
400
この記事で、400を数えることになります。

去年の1月3日からはじめたので、更新頻度は約1.5日に1回ということになります。
まあ、悪くはないんじゃないでしょうか。
今月に入ってからこの記事で、1日に1.3回、という頻度になってたりしますから、不定期なのは不定期なんですけど。


で、400と言う数字について。
400=2^5*5^2
決して綺麗ではありませんが、素因数分解したときに、
2552、と対称形になっています。

とまあ、それだけなんですけど。

話はまったく変わりますが
13^2=169
31^2=961
と、対称形を見出せる数字があります。
12^2=144
21^2=441
とかね。
ほかに
113^2=12769
311^2=96721
などにも見えます。
122^2=14884
221^2=48841
などもあります。
筆算したとき繰り上がらなければ当然のことなんですけど。

それと400とどういう関係があるのかな・・・。
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