詰まった!!
僕の窮屈な頭蓋骨の中身。
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5万円と交換
今日、学校の授業中のはなし。

S教師「ブルックナーみたいな交響曲作ったら、5万円で買ってやるよ」
えのき「まじで?」

ということで、もうこりゃやるっきゃないっしょ、とか思ったんだが、
冷静に、そういう交響曲作ったら、5万円以上の利益が望める。

これは間違いない。

著作権を放棄して、作品のすべてを5万円で売るとするならば安すぎる!

この挑発、受けるべきか、受けざるべきか。


とかいう話は、作ってから言った方が、身のためだということは、重々承知ではあるのだが。

まあ、主題のネタはひとつあるから、二楽章でも先に書きますか。
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その中に含まれている真の価値
高級なものと、意味不明のものの差。

あまりにも有名な絵画を見てごらんなさい!
あれに、何百億円との価値が付く。

それ自体に有用性は、殆ど無いのに。
それを見て癒されるとか、そんなことしかない。
燃やしたってたいしたエネルギーにもならない。

その中に内在する価値はどれほどあって、それはどのように決められるのか。
値段が付かないものには、その中に、価値は無いのか。

真の芸術を生み出したところで、それを認めるものが、作った本人だけならば、それに、値段はつかない。
後年、それを見たものが、ひどく心を打たれ、それを発表し、その巧みな弁論術によって価値があるとみなされれば、そのときになって初めて価値がつく。

まったくくだらないと思う。
素養のない人が弁論にごまかされ、広く価値を見出し、需要(それを欲する人)が激増し、値段が跳ね上がる。
その芸術の内包する価値なんて、あるかないかもわからないのに。

それに比べて、機械は偉大だ。

その見た目だとか、他人の弁論なんかは関係なく、便利不便がある。
あまりにもわかりやすいのに、最高の芸術よりも価値が低いものばかりだ。

不自然ではないか!

芸術全体の有用性は無に等しいのに、価値は、無限にある。

その不合理をを生み出したのは心であって、また、その合理性を持たせるのも心であるのだろうか。
皐月に向けての夜の夢
何気なく過ぎるとき。

カラカラ周る「何か」。

スイスイ通り去っていく「それ」を横目に、

ヒラヒラ振ってくる「あれ」。

唯一の輝きを見せるとき。

キラキラと光る「何時」。

スーッと明るい「時」を見つめて、

ポウッと大事な「流れ」。

また、新たな「まま」があるとき

窮屈な未来と、広大な過去に向けての夢。

あるときは、矢印に逆らって、広さを求める。
亀の甲2
「こんな大きい亀の甲がなぜこんなところにあるんだろうね?」
「何年くらい前まで生きてたんだろう」
「もう、地面と一体化しつつあるから、もうずっと前になるんじゃないかしら」
「どうやってここまで来たのかな」
「これだけ大きい亀だとここまで登ってこれるんじゃない?」
「いや、いくらなんでもそれは無理だろう。」
「亀がいたとき、なんらかの原因で地面が盛り上がってきたとか」
「海面がここら辺まであったんじゃないか?」
「う~ん、推測の域を出ない」
「そりゃそうだろう。こんな神秘的な光景は初めてだ」

「それにしても高い場所だし、とりあえず、この甲の周囲を周ってみない?」
「そうしようか」

4人は、ぐるっと周ってみた。
2/3ほど周ったところで、甲羅の内部に入る穴を見つけた。
「入ってみる?」
「中は暗いだろうなあ」
「そういえば、ここにずっと前、3人がたどり着いたはずでしょ?」
「ああ、聞いた、聞いた」
「その死骸はどこにも見当たらないね」
「そういえば」
「ということは、この甲羅の中で死んだんじゃないかしら?」
「確かに、そうとしか考えられない」
「中は危険だと思うわ」
「うん」
「そうだな」
「松明で照らしながら、ゆっくり進んでみよう」
「用心深くね」
「万が一にそなえて、ロープをたどりながら行ったほうが良いと思うわ」
「ん、用心に越したことはないな」
「骨がまだ結構残ってるから、これを地面に突き刺してロープをつなげよう」
そして、ロープをつなげた。
「みんな、このロープから手を離さないように、順番に行こう」
「誰から行く?」
「よし、俺から」
そして、登ってきたときの、2番手、4番手、1番手、3番手の順番で、中に入っていくことにした。

「これで、中は何にもなかったりして」
「それじゃあ、3人の死骸は消滅したことになる。きっと何かはあるはずだ」
「そうだね」

中は、松明で照らしても、薄暗く、温度が低い。
入り口から、10mほどのところに、大きな白い壁があり、両方に奥へと続く隙間がある。
「亀にしてはやはりでかすぎる。どうなってるんだ」
「とりあえず、右側から入ってみよう」

4人は右側から進んだ。

「これは・・・階段?」

壁を抜けた場所の8m四方ほどの部屋の中央に、下へと続く、坂道がある。
傾斜は急ではなく、むしろ人が通ることを想定して作ってあるように思える。

「入ってみる?」
「たしかに危険なにおいはするが・・・」
「ロープをつかんで離さなければとりあえずは安心だと思う」
「一本じゃ心細いから、ここにも骨を突き立てて、2本持って行ったら」
「そのほうが安全かな?」
「念には念を」

そして、ロープ二本を延ばしながら、下へと降りていくことにした。

<<きっと続くはず>>
ごはん
ご飯!

それは、世の中で最も美しい食べ物。

ご飯!

それは、世の中で最も重要な食べ物。

ご飯!

それは、世の中で最も幸福な食べ物。

ご飯!

それは、世の中で最も白い食べ物。
亀の甲
昔、むかし、それは、もう今では忘れさられたほどの昔のお話。

地球の真ん中の小さい島に、何百人かの人が住んでいたそうな。
その人達は、生活には不自由していなかったが、また、暇を作るのにも苦労しなかった。
3日に一回振る雨は、恵みをもたらし、5日に一度おきる強い風も、夏では涼しく、冬も、損害を与えはしなかった。
ただ、同じ年月の繰り返しに飽きた若者一人が言った。
「まだ、この島には知られていない場所が一箇所ある。行ってみよう」
「知られていない場所って、この島の中心の崖かい」
「そうだ」
「やめておくんだ。あそこはこの島唯一の神聖な場所なんだ」
「神聖といったって、その崖の上を見た人は一人もいないではないか」
「見ないほうがいいんだよ。この島は、生活に不自由していない。これ以上何を求めると言うんだ」
「このまま何も知らずに死ぬよりは、やはり少しでも多くのことを知って死にたいじゃないか」
大人たちは止めるが、若者は、かまわず言った。
「崖の上を見たい者は集まれ!」
「私が行くわ」
真っ先に少女が手を上げた。
「俺も行こう」
「僕も!おもしろそう」
結局3人の若者が集まり、4人は、島の中央にある崖に向かった。

「これがこの島の唯一の未開拓地だ」
周囲300mほど、高さは30mほどの円柱状の崖だ。
聳(そび)え立つ壁のような、その崖。
垂直に立っていて、足場になるようなところも少なく、登るには難儀しそうだ。
「どうやって登る?」
「くぼみを一定の間隔につけて、それを足場にして登っていけばいいんじゃないかな」
「それしかないか」
「動物の骨を崖に差し込んで足場にしたほうが安全じゃないかな」
「なるほど」
「何かあったらすぐ降りれるように、ロープをつけておいたほうがいいんじゃないかしら」
・・・
登り方を思案しているうちに、日が沈み始めた。
「夜になったら危険だ。蛇とかに襲われるかもしれないからな。どうだ、明日、道具を持って集合ということでどうだろう」
「構わないわ」
「そうだね」
「では、島の集会場に、そこから見て、崖の天辺から日が昇り始めるときに集合しよう」
「わかった」
4人は、いったん家に戻った。

「ちょっと来なさい」
「なんだい、お父さん」
「崖に上るんだって?」
「そうだよ。いいだろ?」
「だめだ」
「行っちゃいけないの?」
「もともと、あの崖はこの島の象徴であってみんなあの崖を見つめながら暮らしてきた。先祖代々そうしてきたんだ。中には登ろうとした人もいた」
「無理だったのかい?」
「もう60年くらいも前になるという話だ。男たち4人組で登った人たちがいたんだが、1人は7割くらい登ったところで落下、即死だった。残った3人は登りきったらしいが、結局帰ってこなかった」
「帰ってこなかった?」
「そう。2日たっても戻ってこないから、何があったのだろうか、とみんな心配して、助けに行ったんだ。そのときに、落下した人の死を知って、みんな恐ろしくなり、天辺へはだれも助けに行かなかった」
「ふうん」
「だから、結局4人は全滅したことになるんだ。お前がいなくなったら、俺はどうやって生きていけばいいんだ。行くのはやめなさい」
「わかった」
「それが懸命だ」

そして次の日の朝。
「まだ起きてないのか」
・・・
「おいっ」
・・・
「まさか・・・、抜け出して崖に行ったのか!」

集会場に集まった4人。動物の骨、ロープ、布、食料、スコップ、トンカチなどを持って崖の方へと向かう。

そして、崖についた。
「さて、これから登るわけだが、先行が骨を打ち込みながら登っていく。後続はとりあえず荷物を持って登る。危なくなったら降りられるように、ロープをすぐ取り出せるようにしておくんだ」
「了解」
「先行はだれにする?」
「私がやるわ」
「君が?」
「荷物を持つのは男の仕事、私が、道を開いてあげるから」
「俺はいいけど、みんなは?」
「いいよ」
「じゃあ頼む」

カーン、カーン
地面から50cmほどのところに打ち付けられる。
また、1mちょっとのところに打ち付けられる。
用意した骨は85本。この様子なら足りそうだ。
そして、7本打ち込んだら、二番手が登る。
ロープを持っているのは、二番手だからだ。
18本打ち込まれたところで、三番手が登る。安全を確認しながら慎重に。
2時間ほどたっただろうか。43本打ち込まれたところで、一番高いところにいる少女がふと景色を眺めた。
「あら、ステキな景色だわ」
と、下を見ると、その高さに驚いた。
登るとき、近くにあった岩は、はるかに小さくなり、後続の人達が、必死に、命からがら崖にしがみついているように見えた。
その高さは、少女にとって初めて体験する高さ。木登りの時とは比にならない。
そして、足場は、木の枝よりも細く、狭い、20cmほどだけ突出した骨。
崖の岩は、嫌なほど冷たかった。
ふと感じれば風が強い。
気持ちを落ち着けて、44本目を打つ。頂上まではまだまだ遠い。
今まで登ってきた高さの、3倍にも4倍にもなるように見えた。
背中に背負っている骨の重さは半分になっていたが、感じている重さは倍になっていた。
45本目、左手で足場の骨をつかみ、右手で骨を壁に打ちつけ、トンカチでたたく。
左手は、流れるほどの汗がでていた。
46本目。
「下を見たからこんなことになったんだわ。上だけを見ていきましょう」

「お~い、大丈夫か」
2番手が言った
「ええ、ええ、ええ、大丈夫よ、さあ次で何本目だったかしら」
「47本目だよ」

風はますます強くなる。

48本目。
49本目。
「いままでやってきたことをあと十数回繰り返せばいいんだわ、ここまできたんだもの、楽勝じゃない」
49本目を左手でつかみ、50本目を打ちつけようとしたところ、風が筒を通り抜けた、ヒュー、というような音がした。
「何の音?」
少女は恐怖にかられる。
「わあっ、大丈夫か!」
3番手が叫んだ。
4番手が足を滑らせたのだ。
何が起こったかわからない少女は、50本目を打ち込み終わり、51本目の作業に取り掛かった。
「落ち着け、ちゃんと足を確保するんだ!落ち着いて」
(何よ、そんなことわかってるわよ、何言ってんの・・・)
少女は、自分のことを言われていると思い、気にせず、51本目を打ち込み終わった。
4番手は、なんとか体勢を立て直し、また上り始めた。
(疲れた・・・、帰りたい、、でもここで帰ったら、みんなの笑いものだ、そんなことできるか)

それから20分
少女は、はっきり風が強くなっていることを感じていた。
59本目を打ち終わった少女。
「次、何本目だったかしら!」
「え?何、聞こえないよ!」
「え?」
風のせいか、声がうまく伝わらない。
「もういいわよ、あと5~6本で頂上なんだから!」
少女はしゃにむに、60本目を打ち込み、
また、61本目にとりかかった。

2番手には、心のなかに恐ろしい恐怖を抱いていた。
2番手は、この崖登りの発案者だ。もともとは、1人で登ることも考えていた。
しかし、どうせなら仲間がいたほうが楽しいだろうと思って誘っていた。
そんなことがありながらも今、風のせいでコミュニケーション不能になり、強い孤独感と恐怖を感じていたのだった。
(下を見てはいかん、あと少し、もう60本くらい打ち込んでるはずだ。さっき50本で、今、何本だっけ・・・)

それから20分。ついに、少女が上りきった。
急いで使った骨の本数を確認した。残ったのは、16本。69本の骨を打ち込んだことになる。
道はすべてできた。続々とあがってくる。
無事に4人全員上がりきった。
そこは、草むらだったが、中央に、大きい、直径40mくらいの、岩のようなものがあった。

それは、

「これは、、亀の甲羅だ!」


<<おそらく続く>>
重心
世界中の人々よ。

俺が喜んだときは、皆笑え。

世界中の人々よ。

俺が悲しんだときは、みんな泣け。

太陽は、俺に後ろで光れ、月は、俺の上で輝け。

大地は俺の足を支え、天は、俺の身を守れ。

俺が力を振るうとき、お前は、屈し、

俺が言葉を振るうとき、お前は、従え。

神よ。もしいるのならば、俺はお前を許さない。

お前のすべての知識と能力では俺を縛ることはできない。

また、お前も俺に従え。服従せよ。


だが、その前に、1500m走の筋肉痛をなんとかせよ。
いろいろとヤバイ初体験
感動的な初体験をしてきた。

何のことかというと、現代音楽の聴音。

初っ端の
5/8拍子ト長調
は、調性を感じさせるのは両端の2小節だけ。

次の
7/8拍子ヘ長調
は、調性は希薄ながらあるが、拍子感覚はすでに無い。

普通のをはさんで、

最後
和声無調性(調合なし)
は、僕の期待に応えてくれたらしいが、今までのどの聴音よりも難しかった。
9割くらいしか取れない。
今まで、各声部ごとに聞いてきたので、普通の和声聴音は4回聞けば取れるのだが、今回はそうも行かない。
声部は他の声部と融合(連続5度)したり、普通じゃない跳躍をしたり、もうはちゃめちゃ。
縦に聞けばたしかに、綺麗な音で、聞いたことある音もあるので、とれないことはないのだが、、、
苦戦した。
4次元世界への旅
今、4次元世界へ、旅してきました。

ああ、楽しかった。

1時間ほどのたびでした。


飛行機に乗って、特殊な双方によってたどり着きました。

そこは、言語は通じるのですが、次元は4つありました。

友達と3人で歩きます。リーダーを決めました。

リーダーは、まず、昼食をとろうということにしました。

4次元の町は結構歩きにくい。

障害物があるようで、すり抜けたり、見えない障害ぶつがあったり。

3つの次元はそのまま感じられますが、4つ目の次元の長さは相当粗く量子化されているみたいで、プランク長さは5cm~10cmくらいみたい。

それでも、上を見たり、下を見たり、顔を上げ下げしていると、酔いそうです。

宣伝をよくやっている、店がありましたので、入ってみました。

和食と、洋食の二店舗です。

一人が和食のほうに行き、一人が洋食のほうに行きましたが、席は同じでした。

洋食のほうは、スープと少しのパン、350円、だったので、それを食べることにしました。

すると、和食のほうの店には入れてくれないのですが、友達が向こうに入っていることを伝えると

「ああ、ああ、仕方ないね、入りな」

といって通してくれました。

渡されたのは、シチューのブロックルウ、それと普通のパン

そして、席に着くと、あまりにも小さいテーブルと、椅子が3つ。

テーブルの直径は40cmくらい、これでは食べられません。

「もしかしたら、別の角度から見たら広いかも」

ということで、3人で、首の位置を変えたりして、本来のテーブルの姿を映しそうとします。

僕が立ち上がって、高いところから見落とすと、テーブルは、1m20cmほどの直径を持つ、テーブルでした。

そこへ、シチューとパンを置いて、

「これくらい広いよ」

とアピールしました。

シチューとパンはなかなかの味で、(いつのまにかブロックルウが液体になっていたのは、4次元のすごいところでありましょう)すぐに食べ終わりました。

外に出ようとすると、他のグループとも出会いました。

お土産でも買おうか、ということで、とある店の外から覗いてみると、金属性の小物をたくさん売っている店でした。

地球儀らしきものを売っています。

店の外で

「地球の公転周期はどのくらいなんだろうね」

と話していると、

店員が、いつのまにか入り口に立っていて、30年くらいだよ

といいました。

ここら辺は4次元のように曲がっていて。非常に歩きくい。

とりあえず、そこに入るのはやめて、コンビニらしきものがありました。

そこにはいろんなグループが外でたむろしていました。

中を覗いている人もいます。

近くの人に声を掛けられました。

「ここから覗いてみろよ」

と、言うので、そこから覗いてみたのですけど、なんの面白いものもありません。

制服姿の女生徒が4人くらいいただけで。

近くで、縄跳びをして遊ぶ人がいました。

コンビニのなかでもしています。

そして、その縄をつかって、ぶっとい鉄釘を駒のように回す人もいました。

それは、ものすごい勢いで回転していました。止めようがありません。

縄をものすごい勢いで回転させる人もいます。

ジャグリング大会みたいになってしまいました。

遊びつかれて、帰ることにしました。

だいぶ4次元にも慣れてきましたが、急に、不意に、薄いところから刺されたら大変だ、と思いましたが、守ることもできないので、そのまま歩くことにしました。

ということは、他の人の薄いところもあるはず。。。

ということで、覗こうとしても無理でした。

頭の上から覗くしかなさそうです。

あきらめて、そのまま部屋に戻りました。

部屋のなかも、なかなか4次元酔いしそうで、居心地がいいとは思えません。

4次元世界に忘れものがあってはならぬ、と、すべてをリュックに詰め込もうとしました。

そのときに、即興で歌を歌いました。

そしたら、周囲が結構乗ってくれました。

そして、帰還・・・。


実は、ここに行き着くまでにも家族間でいろいろなことがあったのですが、これは省くことにしましょう。
立体感
今日、わが町を通って帰宅していたところ、わずかな空き地で遊ぶ女子小学生を見た。

ああ、小学生のころは、空き地で遊んでたなあ。

フィルムケースに花火の火薬を詰めて爆発させたり。

草の上だったけど、相当広かった。
そこは、1mくらい道より高くて、、道といっても、アスファルトで固められているわけじゃない。
車が通った後が、ついている、草むらだ。

そこには木があったっけね。
そこについているロープを伝って、2mくらいの急な坂を昇ったことも。

それから8年にもなる。

今その地点かどうかも覚えていない場所を見てみると、きれいに整地された場所に家が建っていて、見晴らしも良い。芝生はともかく、草なんて生えてない。アスファルトで固められている。

8年!

今、僕の年齢は17、人生の半分前だ!

その遠いようで近い過去は、現在と相容れず消えてしまった。
今日を振り返る。
-1:30。家族全員でカラオケへ。
4:30、帰ってくる。
5:00、寝る
13:20、起きる。4時に成城まで行かなきゃならんのに、そこまで2時間以上かかる!しかも風呂にも入ってなければ、食事もとってない!
13:30、風呂に入る
14:00、朝食、昼食?
14:10、出かける。
16:10、目的地に到着。運が良かった。しかし、この遅刻は寝坊だ。
18:10、帰路につく。
20:00、自転車に乗っていると、急にハンドルが右に回らなくなる。
20:00、転倒
20:10、車で迎えに来てもらう。
20:20、家に着く。
21:20、ブログを書く
21:40、風呂に入る。
23:50、寝る
29:40、起きる
31:40、学校に到着
32:10、試験開始
32:15、いい加減自分の英語力に絶望する。
35:30、混沌としてくる。
42:00、家でごろごろしている。
47:30、寝る
54:30、起きる
・・・
虚過去の可能性
もし、徳川家康がいなかったら、江戸幕府は無かった。今の日本もこう栄えていたとは限らない。

まあ、よくある話です。

歴史にたらればは無いとか言って、撥ね付けられるのもよくあることです。

それは、時間の不可逆性をとった、正しいことであるような気もするのですが、
また、思考を止めている要因でもあります。

そのありえない問題から逃げずに、正面から考えてみたら、それもまた面白いでしょう。
シミュレーションってのはつまりそういうことでしょう。

飛躍しましょう。

たとえば、大井金之助がいたら江戸幕府が滅びていたかもしれません。

大井金之助って誰だよっていう突っ込みはなしです。googleで引っかからない名前を選びましたから。
徳川家康がいない可能性を考えるのならば、江戸幕府を滅ぼしていたはずの大井金之助がいた可能性もまたあるはず。
もしかしたら、村井新之助がいたら、日本は、江戸時代に、自動車と同じものを開発していて、世界でトップの技術をすでに持っていたかもしれない。それなのに、村井新之助がいないばっかりに、日本がだめになってしまったのかも。
いろいろ考えられます。
これは、無限に考えられます。本当に無限に考えられます。

たとえば、学校で、隣のX君がいなければ、もっと学校生活が楽しくなるのに、とか考えた場合、
逆にこう考えて見ましょう。
渋谷源次郎君がいないから、まだ、こうやって不登校にならずにすんでいるんだ、とか。
そいつは、獰猛で、僕は殴られっぱなしの最悪のやつだ。しかし、そいつは歴史から抹消された。X君はいるが、渋谷源次郎がいないだけ、ましだ、とか。

なんというプラス思考でしょう!


その可能性は広がります。

西谷秀介は、ある開発をしていた。そのおかげで、西谷秀介は、巨大な富を得た。

しかし、今の歴史からは、西谷秀介は抹消されてしまった。

西谷秀介に成り代わって、あなたが、その代わりを果たすのです!


とか言ってみる。


それにしてもgoogleに載っていない、ありそうな名前を探すのは意外に大変だった。
結構ヒットするからなあ。
ところで、
日米安全保障条約 の検索結果 約 276,000 件中 1 - 10 件目 (0.08 秒)
日米安全保障条 の検索結果 約 1,310,000 件中 1 - 10 件目 (0.05 秒)
この5倍近くになる差はどっから?
物語を変換せよ。
今しがた、夢を見てきた。

国語の問題を解く、という夢だった。

A4サイズの紙に書かれた短い文章と、4つの問題。

そのひとつめの問題が非常にユニークなものだった。


「この文章を連歌にしなさい」


もちろん、連歌というくらいで、二人で共同作業だ。

話の内容は、両性具有の8歳の少年の父親が、秋になんらかの原因で死んでしまう。警察たちが調べている間に、「少年の頭がものすごい速さでぐるぐる回って」しまった。つまり、精神がおかしくなった。
精神病院(という描写はなかったけど、そうとしか考えられない)で、26年過ごした少年。
医療の進歩もあって、「少年の回転する頭は納まってきた。」
最後、父親の形見を渡されて、8歳のころの記憶がよみがえり、精神病も治る、という話。
(「」内は引用)
順調に、連歌に直していた。
そして、一番最後の段、問題4の傍線が引かれている部分だったが、その部分を歌に直さなければならない。
その段は、回転が納まってきた後であり、記憶が戻る瞬間を書いた段である。

その前の文章は忘れたが、私の番だったので、最後にこう書いた。
「手のひらの
形見の記憶
甦り
父と一緒の
秋の情景」

問題4は、この文章に関する感想を書けみたいなものだったとおもうが、なぜ傍線が引かれていたのだろうか。
この部分についての感想だったかな?



今回の夢は非常に異質だ。
設定が、国語の問題を二人で解くという設定。
その文章は、私の夢のオリジナル。
その細かいところまで覚えているという徹底ぶり。
文章を読んでいるとき、その風景にリンクしたりするが、話からは逸れない。
そして、最後は、自分で考えて書かされる。

なぜいきなりこのような文章が夢に出てきたのか、連歌を作るという発想はどこから出てきたのか、夢が飛んだりせず、徹頭徹尾ひとつの話になっているのは何故なのか。

非常にミステリアスな体験でした。
カリンニコフ
カリンニコフの交響曲を聴いた。

1番はそれなりに有名らしい。

まあ良い曲ですよ。

でも、これは普通の良い曲。

普通なんです。

良い曲なのに。

良曲でありながら、名曲ではないのは、ここら辺ですね。

偶数楽章はちょっとだけ面白いこともしてた。

善曲。
けえじ
ジョン=ケージのピアノ作品全集を手に入れた。

まだ始め(Bacchanale)しか聞いてない。

はじめの30秒の感想は、録音環境の悪いCDだなあ、とそれだけだった。

それが、1分くらいで、完全に吹き飛んだ。


これはこういうピアノの音だったのだ!
ジーンズ
今週、ずっとジーンズを履いていますが、いや、これは面倒くさい着物だ。

①腰の周りがゆるすぎる
②足がきつい。とくにひざが曲げられない。正座ができない。
③ポケットからものを取り出しにくい。
④素材が硬くて落ち着かない。

まあ、まったく服にはこだわらない僕にとって、外見はどうでも良いのだが、不便なのは困る。
いてぇ
腹いてぇ、これはれべる20くらいだ。

高いが、れべる20だと中ボスを倒せるくらいだ。

そこまで強いわけではない。

九死に一生無我夢中、馬の耳に一刀両断。


寝耳に水と馬の耳に念仏って似てるよね。響きが。

二階から目薬、下手な鉄砲数うちゃあたる、


犬も歩けば棒にあたるってよく言うけど、意味って正確なところはよくわからんよね。

いろはかるたのはじめにあるから有名なだけじゃん。

同じ字を使わない短歌とか作ってる人いたなあ。

短歌じゃないが、
ふるいけや、かわずとびこむ、みずのおと
「と」が二回でてきているが、ひとつしか重なってないのはめずらしい・・・らしい。
ふ・き・つ
急に不吉な音楽を書きたくなって、書いてたんだが、
グリッサンドを打ち込めない。

ピッチベンドというものを使うらしいが、半音しか動かせない。
こまった。

死の風

グリッサンド抜きで途中まで。

こんなん載せてもどうしようもないわな
ははは
すっかりこのブログの存在忘れてた!

書くこともないし、、、、、


ショスタコーヴィッチのピアノ協奏曲1番を聞いた。

絵画みたいな音楽だ。

トランペットよく吹けるなぁ。
中毒と症状
麻薬は何故禁止されるかというと、本人および周りに重大な危害を加え、なおかつ強い依存症があるからです。


今日、昨日の続きということで、強制的にポーカーをさせられました。
それは良いのです。

そのゲームの性質は、疑う、だます、ということです。
ルールしか知らない人は、手を強くし、競い合うゲームだと勘違いしがちですが、
本当は、自分の手をどう強く見せるか、相手の手は自分より強いか弱いか、を見極めるゲームなのです。

カードを見せ合って戦うというのは、ただの結果であって、実際は、ベットとレイズをどうするか、というゲームです。
自分の手が弱いときに勝つには、大量の金額を言って、自分の手を強いと見せかけて、相手を下ろすことが重要です。
自分の手が強いときに勝つには、なるべく自分を弱く見せて、相手に高い金額を賭けさせて勝負することが肝要です。

もちろん、方向性がばれてしまえば、自分の手が筒抜けとなってしまい、いくら強い手を作っても、大きな勝ちを得られず、弱い手、中途半端に強い手を作ったときに、確実に負けるので、虚と実を同居させなければなりません。

これが、ポーカーの性質であるところの、疑う、だます、ということです。


また、このゲームは、守りに入れば、大きな負けはせず、勝てるときは、上限が無い、ということもあって、その一見の安全性と、数値の不特定さが中毒性を呼びおこします。


そして、ずっと前にも書いたことがありますが、ポーカーは、精神を破壊するゲームです。

疑うこと、が心の芯の部分に入り込みます。ポーカーは何もかも疑い、疑いつくさなければ勝てないゲームなのですから。

それは、日常生活にもはいりこみ、ささいなことで、自分の身の安全を疑う、他人にちょっとした言動を疑う、そういうことが根付いてきます。

この深刻な症状は、そう簡単に治るものではないのです。



それを知っていながら。
105分休憩のなかみ
今日、4限が休みで5限授業という状態だった。
5組に侵入したところ、快く迎え入れてくれたみたいだったので、よかった。

昼休みは、ポーカーをしていた。ま、この話はしないでおこう。

5限は自習で、音楽室に行って、ピアノを弾いてた。
50分でも、前練習をしなければ相当長い。
6限も、そのまま音楽室にいた。ネタがなくなって、適当に(調律狂ってるな~とか思いながら)音を鳴らしてた。
調律がすこし狂ってると、共鳴がうまくできないことがあって、思った音が鳴らないことがある。これ致命傷。
時間割
高三になって時間割が激変した。一日の授業数が小学1年生なみ。

とりあえず載せておきます。
夏時間(9:10開始)冬時間(9:30開始)←重要
月:2限物理→225分→6限体育
火:2限古文→70分→4限現代文
水;2限CT→10分→3限物理→105分→5限英語→10分→6限倫理
木:2限倫理→10分→3限英語→105分→5限体育
金:2限漢文→10分→3限現代文→10分→4限英語→45分→5限体育→10分→6限倫理
土:2限英語→15分→3限古文→4限物理

わざとわかりにくく書いてみた。105分の休みとか、225分の休みとかいい加減にしてほしい。
とくに225分。3時間45分の休憩とかなんですか。
4時間弱、何をしてろと。
しかもその後体育だけして帰れ、と。
4時間あれば、六本木周辺の散歩や、もっと行けば、銀座、上野あたりの散歩も余裕でできる。
移動に1時間かかっても、2時間45分遊べるからね。

まあ、そんな効率悪いことしないで、2限終わったら、帰ったり、6限だけ出たりするだろうな。
風景の調性
この文章は、もう数ヶ月、いや、1年くらい前から考えていたものである。

風景に暗示されるものはあります。もちろん、例外もありますが、
晴天=明るさ、希望
雲り=不安、暗さ
雨=悲しさ、切なさ
雪=楽しさ、明るさ
雹=悪、不吉
霧=不安、不吉
朝霧=事件の解決(何かあった次の日の朝ってやつだな)
まあ、こんなところでしょうか。下のほうはだいぶ怪しいですが。
もちろん、地域よって異なるようで、南のほうだと、晴天は不吉なものをあらわしたり、雨を恵みの雨というくらい、喜ぶこともよくあるようです。

人間には、誰でも、生まれながらにして持っている音感というものがあります。
メジャー和音を鳴らせば、明るく、マイナー和音を鳴らせば暗く感じられるでしょう。
それを利用して、風景を音楽に変換するのです。
晴天=長調、Faの旋法
曇り=短調、Reの旋法
雨=短調、Miの旋法
雪=長調、Solの旋法
雹=無調性
霧=Reの旋法、Solの旋法
朝霧=(ピカルディー的な)長調
といった感じでしょうか。まあ相当てきとうに考えたので、納得しなくても全くかまいません。

物語に音楽をつけるとき、その背景にあわせた音楽をつけたほうが良いでしょう。

話を飛躍させます。

深刻な愛(ここでいう深刻は、別れとかいうことではなく、深い愛を指す)を語るとき、それは、長調ではなく短調になるでしょう。

今日の話ですが、そのような愛を語るときに、雪の描写を使っていました。
雪は、やはり、長調的なイメージがぬぐいきれません。
そのときどのような音楽をつかっていたのかは覚えていませんが(音楽をつかっていたのかどうかさえ)、そのときに雪を降らせるというのは、長調と短調が入り混じったような感じがして、とても違和感を感じたのです。

この文章の言いたいことは、
背景を効果として使うとき、やはり、その出来事にあっていたほうがいいということですが、それは、音楽的に混ざるのが感動的になるのではないか?ということです。

何が言いたいのかよくわかりませんね。
自分の頭の中では、すべて構造が成り立ち、理解しているのですが、説明となると上手くいきません。理解しているのに説明ができないというのも奇妙な気がしますが、これは直感的な話だからです。
踏んだり蹴ったり
今日の夕食は、なぜか、すごく楽しかった。

家族の会話が、悪ノリに近い状態だった。

姉「私はパソコンの椅子で胡坐かくけど、友達は胡坐かけないんだよね」
婆「からまっちゃうんだ。足が長いから」

・・・ここから先、勝手に想像してください。

婆は自分の言ったことに気づいてないみたいだったが、周りの、父、母、祖母、僕は、もう、苦笑から爆笑へ、姉も情けなく笑っていた。

こんなシュールな光景があるだろうか。

そして、みんなが食べ終わったころ、姉はまだ途中だ。というのも、食事をくばるさい、余ったものを姉の皿に大量に入れたから、多くなっていたのだ。

姉「(さっきのショックもあいまって)ちょっとこれ食べるのきついわ」
母「もてあましてんの?」
父「だってお父さんのと同じくらいだよ」

・・・(余ったものを入れ合わせたさい、育ちざかり(22歳)だから、とか言ってたのもあったがそもそも父のほうが圧倒的に食べる量は多いということ。念のため。)

姉「いや、そうじゃなくて」
父「お父さんも食べれたんだから食べれるでしょ」


とまあ、そんな感じで、姉は踏んだり蹴ったりの状況、婆は空気が永遠に読めず、周りはずっと笑ってた。



ささやかな日常の風景。
ふっ、、全く俺ってやつは
ついに、、、徹夜してしまった。

すべての作業を終えて、寝ようかな、と思ったのが、2:00。
布団にはいって、それから、寝ようとしたのですが、寝れないもので、2:30ごろからアルモノを観はじめる。
これが、失敗だった。

ずるずると深みにはまってしまい、気づいたら、220分近くも経っていた。
風は強く、雨もどしゃぶりで、親が、3:30くらいに、窓閉まってる~?と来たのは、事件だったが、特に何事も無かった。
2:30から220分ということは、6時10分ということだろう。
父は、もう起きていた。

そして、"すべて"観終わった後、放心とともに、それについてずぅっと考えていて、寝ようにも寝れなくて、気づいたら、7:00。しかし、思考は止まらない。思考をとめることを、自分の心臓と神経が許さない。
その後、記憶が飛んでいるのだ。
布団の中だったから、これは寝ている、と呼べる状況だったのかもしれない。
だが、少なくとも、考えていたことは確かなのだ。これはおかしいかもしれないが、
覚醒した瞬間と記憶が飛んでいたときが、あまりにも滑らかにつながりすぎていて、いつまで喪失していたのか、全くわからないのだ。

結論は出るに出ないまま、ずるずると、11:30まで続く。同じことを行ったり来たりだったかもしれない。

・・・と書いても、この記事の読者には何の思考をしていたのかを書いていない以上、この文章の意味は限りなく希薄になってしまう。
しかし、それはそれでよいのだ。この文章は、自分で納得するために(自己満足ではない)書いているのだから。


というわけで、大衆むけに、別のものを載せておきましょう。
昨日、延べ2時間~3時間くらい掛けて書いた曲集。
ヤマタノオロチ

名前の由来は、蛇頭が8曲入っていることに由来する。
「蛇頭」は「へびあたま」と読むのであり、「ジャズ」とは読まない。ここ重要。
あと・・2日
あと、2日、これを乗り越えられるか。

何を乗り越えるか、というと、私の健康である。

昨日、久々に9時ごろに起きて、寝ずに、22時くらいまで耐えた。
もう、眠くて眠くてしょうがなくて、風呂に入って、さあ寝ようとしたところ、24時から2時間ちかく眠れず、結局起きたのが10時。
そして、昼食を食べて、着替えようと着替えを出してベットの上に着替えを置いた瞬間(部屋が狭すぎる)、そのまま寝てしまって、起きたのが16時。ということはまた眠れないのだろう。
この2週間、全く運動をしていない。体中の筋肉は衰えているだろう。リハビリもなしに、学校が始まると思うと、もう大変だ。
あと1週間早く学校が始まって欲しかった。このような堕落した生活にならないですんだのに・・・。
昼夜逆転の悲劇
昨日は、17時におきて、19時に夕食をとり、24時に夜食を食べて、今日の9時に朝食を食べた。
12を引いてみよう。
昨日は、5時におきて、7時に夕食をとり、12時に夜食を食べて、21時に朝食を食べた。
食事の名称を変えよう。
昨日は、5時におきて、7時に朝食をとり、12時に昼食を食べて、21時に夕食を食べた。


いかん。
きらびやかな。
ちゅーもーく!

今日はきらびやかな老人を紹介しま~す。

それはまるで木星のように、堂々と、そして、渋く生きていらっしゃる、もう、なんと言ったらよいのやら。

怪獣にも負けない、その異質な外見、妖怪とも比べ物にならない、その特殊な精神、まさにどこを取っても欠陥だらけの賃貸住宅そのもの!

誰でも住めるが命の保障は無い、見た目八目、救いようの無い老人でございま~す!




ふ~。
この文章が出来上がるまでの経緯をお伝えしよう。

僕はお気に入りを適当にクリックして、ネットめぐりをしていた。
すると、僕のブログにたどりついた。
そのとき、急に、女性らしい元気な声で、「ちゅーもーく」と言ってきた。
僕は、何のことか考える前に、「今日はきらびやかな老人を」と続けるではないか。
そして、僕は、その聞こえてくる声を、忠実に写したのだ。
この文章そのものは、考えて打っているような気がするのだが、
トップの文章は、聞こえてくるものを打っているのだ。

ここには、表面的な思考と潜在的な思考の差がある。
目が冴えて・・・
これからが一日の始まりだというのに、目が冴えて・・・。

別にいいわけではない。どうせあと数十分たったら、強烈な眠気に襲われるのだから。。
初めてのときはたいてい。
初めて、そのジャンルで作ろうとしたときは、現代音楽になってしまう。
まあ、多分つくりやすいんだね、そっちのほうが。
無理に考える必要もないから。

ピアノ五重奏

まあ、自分の中で標題はあるけど、あえて書きません。
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