詰まった!!
僕の窮屈な頭蓋骨の中身。
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スカートの丈。
今日、朝起きたら、ニュースみたいな番組で、新潟の女子高生のスカートの丈は短い!
みたいな特集をやっていた。

僕は自分の環境から言っても、こういう思想になる。・・・そんなのどうでもいいぢゃん。

教育委員会たちは、スカートの丈を長くさせようと努力、女子高生はそれに反抗し、いろんな手を使って、生活指導に見せる用と外を歩く用で使い分けてるとか。

さて、ここで、ニュースは中立の立場を取ろうとしていながら、規制の立場をほのめかす結果になってしまったのは、女子高生の説得力が足りないのか、そういう思想が入っているのか。

紹介された、規制したほうが良い理由。
健康に悪い。→平均気温2℃で素足を出すのは、足腰を冷やす原因となる。
犯罪被害軽減→淫らな姿に見えますよってことらしい。
もうひとつは覚えてないや。

規制しないほうが良いという理由。
昔から、こういうスタイルが主流だった。
今のうちにしかこういう格好ができない。
もうひとつは覚えてないや。

明らかに規制したほうが良いという立場のほうが、理論的に展開されている。
規制したくない側として、それは意見であって理屈ではない。これでは、説得できない。

ただ、これは、話す方の経験の差というものが、ですぎた形だろう。
さらに、教育委員会側には、それなりの場所で会見をしていて、何を話すか考える時間がある。
一方女子高生側には路上で聞いているだけ。

あまりにもアンフェアではないか。

健康と容姿は、個人の力で守るものだ。強制されるものではない。
健康は伝染病の時とかはしかたないかもしれないが、今回の場合はそういう問題ではない。
ただ、容姿にだけに気を取られているのはあまりよろしい傾向ではない。容姿だけが膨れ上がった意味を持ち、その人本来の性格と精神が成熟されなければ意味が無い。
性格と精神からでる容姿ならば、それはおおいに結構であり、規制するのは、その人に害するだけだ。

だて、規制したほうが良いとの理由で、こういう意見があったのが面白かった。

男性が、スカート丈の短い女子高生を見ると痴漢と間違われそうで怖い。

なるほど、もっともだ。

・・・理屈としては、女子高生は見せるためにやってるようなもんだから、それを見られて痴漢として訴えるなんてのは、これは筋が通らないが、エスカレーターなどだと、微妙なことになりかねない。

僕の思想としては、見られる側は、見られた時の責任ももってそういう格好をしなさい、なのだが、今度は、見るのが嫌な人の立場を考えなければいけない。
しかし、まあ、これはどっかの赤いしましまの家が景観を汚すとして訴えられた事件と似ている。
景観を汚すまでとはいえないのだ。個人の領域で、直接害を与えるわけではない何をしようと勝手ではないか。

ちなみに、僕はこれだけは仕方ないと思うのだが、校則で決められたならば、それは守らなければいけない。
その学校を、特に高校ともなれば、選んだの本人だ。選んでおいて、文句を言うってのは筋が通らない。

僕が校則をやぶってるじゃないか、とか法律をやぶってるじゃないか、とかそういう話は気にしない。
ようは理不尽な害を被る人がいなくてばれなきゃいいんですよ。


と、まあ、こんな話をし続けるのにもネタがなくなってしまったので、最後に。

僕はこのニュースを見て、東京の女子高生を見てみた。
なるほど、スカートの丈はやけに短い。・・・ニュースでみた新潟以上の人も結構いるぞ・・・。
しっかし寒そうだ。見てるこっちが風邪をひきそうだ。
・・・知り合いがこういう格好をしているときに、寒くないの?と聞くと、慣れた、と答える。長ズボンでも寒い寒いと言っている僕は考えられない。なるほど、健康な子供は風の子である。

子供は風の子元気な子!冬に素足をさらしたって、風邪なんかひかないんですよ!教育委員会の椅子に座り続けたおっさん達とはからだのつくりが違うんだ!



・・・しかし、制服をちゃんと着るなんて偉いな。
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お?
金がないので、リゲティの練習曲集を買った。

お?なんだこの曲は。

想像してた音と全然違うぞ・・・ってかはえぇ。

1巻1番はもっと歌うような曲かとおもったら全然野蛮だし、2番はだいたい想像通りだったけど、3番はもうわけがわからなくなってるし。

4番は、まあこんなもんだろ、って感じだが・・・。

まだ全部は聞いてないが、今のところ良さはわからない。

そうそう、批判するってのは実は勇気がいることに気づいていない人間が多すぎる。

あるものを批判するとき、その良さを完全に否定している、ということは、それが良いものであったとき、それを気づくだけの能力が無いということを自白しているにすぎない。

本当にくだらないものであったばあい、もちろん実際にはそっちのほうが多いのだろうが、それはそれで、その人のセンスが認められるが、このとき、その人には、批判する能力が要求される。

もちろん、これらに全部答えることができるのであれば、それはそれで良いのだけれども。

良い芸術は気づかれにくいことが多い。

それは、討論の中でにおいて、気づくことがまれにあるくらいではないか?

たとえ良い芸術を批判しても、それを超える芸術を作れば批判も筋が通る。

だが、それを超えているかどうかは、そのはるか高みにおいてしか見えない。

人類が永遠に気づかぬもののなかに、良い芸術というものは存在できるだろうか。

他人から認められなければそれは良いものとはいえないとはいえ、

大衆に認められず、良い作品は結構ある。

少なくとも、芸術的なセンスを持つ人が認めるようなものでなければ良い作品とはいえないのだろうけれども、芸術的センスってなんだ?ってことになる。

それは、創造する能力・・・独自的な考案をいくらでも思いつけるような人、マンネリ化しないひとで、人間的に、付き合っていて、影響を深く受けられるような人じゃないのかな。
風呂場は最高の実験場。
最近、風呂で遊ぶのに凝っている。

なにも思いつかないときは、考えているだけだが・・・。

昨日は、物を沈めたとき、なぜ渦巻きができるのか、ということだった。

腕をゆっくり前に押しながら、波をたてないように、指先まで丁寧に沈めていくと、相当大きい渦巻きができる。

理由をさぐるため、もっと大げさなものでやろうと、湯船の蓋を沈めてみた。

すると、周りから囲むように水が入ってきて、まっすぐに中央へ行こうとせず、回りながら水が流れ込んでくる。

そのまま巨大な渦巻きとなって、これは解決。

今日は、吸盤は大気圧によって押されて壁にくっついているのだから、水の中では、水圧になって、大気圧よりもよっぽど強い力で押されるはずだ。この検証。

まず、空気中で、吸盤を吸い付かせる。この時点でも結構強いちからを持っている。

次に吸盤を水の中にいれて、吸い付かせる。

これがなかなかうまくいかない。吸い付いてくれないのだ。

何度もやっていると、こんどは吸い付いてくれるようになり、前回のような現象が起こりにくくなる。
(なぜ?)

そして、水のなかでそれを力任せに取ろうとしても、全然とれないのだ!

途中で吸盤のプラスチック部分が壊れそうになったので、実験はやむなく終了。

これは結構うれしい。

ところで、壁にゴムは張り付くが、浴槽の中にゴムは張り付かない。ちょっとははりつくが、波が押し寄せるとすぐにはがれてしまう。

これは浴槽の表面に薄い水の膜は張ってるからでOKかな?

あと、もうひとつ、今日仮説をたてた。

波の速さより速い速度で指を水の表面を動かすと、どうしても泡がたってしまう。
それより遅い速度だと、うまくやれば、泡を立てずに動かすことができる?
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