詰まった!!
僕の窮屈な頭蓋骨の中身。
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見直した傑作。
どうも、作曲が上手くいかないなあ、ということで、いろんな曲を模索する。

iPodのなかに、フーガだけまとめて入れているプレイリストがある。

実に129曲入っていて、バッハの48個のプレリュードとフーガのフーガや、オルガン曲、フーガの技法などにはじまり(これだけで半分くらいいく)、ベートーベンの大フーガ、メンデルスゾーンの弦楽四重奏、サティのフーガや、ショスタコーヴィッチのプレリュードとフーガ、ジャズフーガをなど経て、学習フーガを末尾にいれてある。
名前にフーガとついてなくても構成が完全にフーガと認められるようなものは入れているが、フゲッタは入れてない。
まあ、まだ探しのこりがあるかもしれない。

さて、そんななか、この中には入らなかったものの、懐かしいものを見つけた。
「fug」という語を検索にかけて探していたから、Fugatoというのも当然見つかる。
見てみると、リスト。
リストの幻想曲とフーガもあるが、僕はあれはフーガと認めたくないので入れてない。
で、それとは別にFugatoがあり、何かな、と思ってみると、ロ短調ソナタ。
これは、僕が小学生の時に一時期はまり、この曲を聴いて作曲しようと思いたって、そのときに作った曲が、初めての曲となる、思い出深い曲だ。
ちなみに、その曲とは、このブログでも前に紹介したことある「無題1」で、今となっては駄作としか思えないが、とにかく作曲第一号の作品だ。
愛用していた盤は中国のピアニスト、ユンディ・リ、の盤だが、なぜか紛失しているので、探せばあるだろうけど、別の人のを聞く。あまり上手くないと思う。
まあ、そんなのはおいといて、曲を楽しむというコンセプトだから、とりあえず、聞く。
まずは、無防備に聞く。懐かしい。さすがにフガートに入るとわくわくする。
リストにしてはめずらしく対位法的だ。そこまで対位法的ではないが、いくつも旋律が重なるという点では対位法的だ。
次に自分で弾いてみる。もちろん弾けたものではないが、案外ピアニスティックなので、それらしくはなる。
ここで、アルカンの「騎士」と全く技巧があって、どっちかが真似した?と疑う。
いや、実に単純な、両手ともオクターブで跳躍しまくる、ってだけなんだが、執拗に繰り返したり、伴奏と旋律で分かれていたりするあたり、似ているなあ、と思う。
まあ、そんなこんなで、約30分の近所迷惑を行ったあと、楽譜を見ながら聞く。

リストってのは、僕はあんまり好きじゃない作曲家で、好きな曲もあるんだけど、全体的に好きじゃない。
無駄に音が多いような気がするし、アルペジオばっかりで、アンコール専用作曲家、みたいな。

でも、この曲を聴いて見直した。
歌曲風な場面やコラールや、いつものリストが一つか二つの主題のもとに絡み合っていて、なんとも素敵だ。
転調も大胆で、それなのに違和感は無く、あらゆる不協和が美しい。

というわけで、今日はこの曲に浸っているわけだが、これに近い曲ってあるのかな。
ショパンのピアノソナタ3番は大好きな曲だが、ここまで大胆な転調は行ってないし、どちらかというと、古典的だ(といっても、相当すごい転調も何度もやっているが、リストのこの曲ほどではない)。

そうそう、ロ短調ソナタは、一部ピアノ協奏曲みたいな場面があるね。
ピアノのソロとオーケストラの入り方みたいな場面がいくつかある。
ある部分はヴァイオリンの音やチェロの音みたいにも聞こえた。
そんな感じで弾いてると楽しい。
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自分に無いものにあこがれる。
子供とは、発展途上の状態にあるもので、しかも新しいものを受け入れることができる、自由な時期である。

大人とは、発達が飽和状態になって、新しいものを受け入れることができない代わりに、下の世代を教育できる威厳を持つことができる。

さて。

常に子供のように自由な発想を持ち、新しいものを受け入れなさい、とはよく聞く言葉だが、こういう思想がある限り、その人は大人の域から抜け出せない。

それはそれで良い。大人とは節制がある人のことでもあり、社会に害という害は及ぼさないからだ。

ちなみに、新しいものを受け入れられない、節制が無い、などとひどい状態の人は、精神病院行きである。
もちろん、比喩的な精神病院に送られる可能性も高い。

大人は、子供になりたいとあこがれるものだ。自由な発想ができた時期に戻りたい。

しかし、子供は大人になろうと望むものだ。子供にとって大人とは、知識を多く蓄えた人であり、この世の全てを知っているような人である(実際にそんな人はほとんどいないだろうが)。
つまり、自分を超越した存在のことである。

自分に自由な発想が欲しいのであれば、子供になろうと望むことではなく、大人になろうと望むことだ。

自分は、大人という超越された存在になりたいと望むこと、その超越された存在に対しては、常に畏れること。言い換えれば謙虚であれ、とも。



こんなこと書いているときに、すごいことになった。

つまり、←って書いてるときに、「つまり」と「、」の間に「n」キーを押してしまい、「つまりん」という言葉が生まれてしまったのだ(ちなみに、この文頭の「つまり」は、接続詞と例の二つの役割を持っていることに注意)。

いいじゃん!「つまりん」

可愛い。

つまらん。

さて、可愛いって言葉を書いているときに、すごいことになった。

名前は忘れたけど、カービィの雑魚キャラのあれ、あれ思い出した。雰囲気が似てる。
あの、ビーム放つやつとかのあれ。

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