詰まった!!
僕の窮屈な頭蓋骨の中身。
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すっげー
今日は、ウィーンフィルの第一バイオリン主席奏者が芸大に来るとかで、聞きに行った。

すんません、メンデルスゾーンのヴァイオリンコンツェルト2楽章寝ちゃった・・・。

弾きながら指揮してるのは初めて見た。なんかめちゃくちゃかっこいいぞ。

実際音色は綺麗だったし、音にむらがないし、さすがだなあ。

だけど、アンコールのほうが感動的だった。

ハイドンの協奏曲1番2楽章とか。知らないけど。

選曲センス良すぎ!あれほど音色を楽しめる曲もそうはないね。

ただ、つまらない人が弾いたら聞くに堪えない音楽になりそうだが。

あとマーラーの交響曲第四番を聞く。

長い。

マーラーって交響曲第三番を絶賛してる人がいて、それを聞いたんだけど、23:00に聞き始めたのが失敗で、終わったのが0:30という、嫌な思い出があって嫌い。
あの曲でマーラーの評価が一気に落ちた。

マーラーの歌曲はそんな嫌いじゃない。
なんだけど、(歌曲ですら)嫌いな曲からであったマーラーはいまだに好きになれないのだ・・・。
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リゲティー
今日N響なんとかでリゲティのヴァイオリン協奏曲を聞いた。

ヤバイ、名曲だった!

なんかすげー綺麗だし、旋律も美しいし、良い曲だな~。

というわけで、楽譜とCDが欲しくなってしまった。

ちょっとこれははまりそう。

リゲティって一旦慣れるとすごい勢いで自分のものになってくるような、そんな感覚がする作曲家だと思う。

エチュードもすごい綺麗で名曲ぞろいだしね。

リゲティはいいぞ~。
初譜めくり
譜めくりの仕事を引き受ける。

何の譜めくりかというと、オーボエ。

・・・?オーボエって譜めくり必要だっけ?

とかいうことはとりあえず置いておく。なんかスコアで演奏するらしくて、パート譜は無いそうな。

と言っても最後の1分くらいを譜めくりするだけで、殆ど(1時間くらい)座りっぱなしという暇な仕事。

現代音楽というか前衛音楽で、パフォーマンス付き。はっきりいってよくわからない。たまにかっこいい。

そして、最後は壁に(3分ほど)へばりついて仕事完了。謎。

結局なんだったのかはよくわからない。

ああ、もう明日から二日間休みだ。休み多くね?
本当に久しぶりだ。
戻ってくるのは久しぶり。

いや、家に帰ってきた、ということ(もあるが、それ)ではない。

↑()の使い方の説明。僕は()はあってもなくても文章の意味が通じる時によくつかう。

昨日、マタイ受難曲の前半聞いて、今日の帰りに後半を聞く。

やっぱり落ち着くよ、一番。今までの人生で一番多く聞いた曲だから。

この前の西洋音楽史の授業でエリオットガーディナーのマタイ受難曲の有名なアルトアリアが流れてそれで、再燃。

ずっと聞きたかったんだけど、いろいろ浮気してたからねー。

で、今最後のアリアが終わって兵士達が騒いでる場面。

いや~いい曲だな~。

明日はソルフェージュの試験。どうでも良い。
自由奔放
たまにはブログを更新するのも悪くない。

自由奔放に行動するというのは非常に難しいことだ。

自由すぎれば犯罪になるし、失敗を恐れては束縛される。

その妥協点を見つけるのも重要だが、その時点で束縛されているように感じてしまう。

しかし、自分で自分に束縛を与えるのは、それは一種の自由の形である。

自分がしたいようにすることが自由だとすれば、自分に束縛を与える自由というのもあるべきだ。

ある意味で、人間は全て自由だ。環境の中であらゆることができる。ただ、自分の意志で束縛を与えているだけだ。

そう、全て自分の意志によるものだから、他人に責任を求めるのは道理から外れている。

まず、自由奔放に生きたいと思うのなら、束縛している自分を探すことから始めよう。

自分が二人いるのも悪くない。
歩くのは楽しい
2人で歩くのは本当に楽しい!

3人か4人も楽しいけど。

5人以上はちょっと多いかな。4人でも多いかもしれないが、疲れたらROMってられる利点がある。

3人はかなりバランスが取れてると思う。

しかしなんといっても2人は身軽なのが良い。妙な言葉の誤解も少ないし。ただし、あまり親しくないと悲劇的な状況になる可能性も。

1人はこれはこれで楽しいが環境にかなり左右される。はっきり行って孤独。所持金が苦しかったり、迷ったりすると、苦痛でしかない。

いや、歩くとき何人が良いかトークをしたいわけでは無いのだが。

1人で歩いたときと、2人で歩いたときの距離感が全然違うのはいつも感じることとはいえおもしろい現象だ。

今書いてて気づいたが「ふたり」で変換するのと「2にん」で変換するときの感覚のちがいに驚いた。「2にん」ってなんか不自然でよそよそしい感じがする。

そろそろ本題に入ろう。

歩きながら話していた事。

まあ、結構何度も言ってることだけど、
月と太陽が見かけ同じ大きさというのは奇跡的。金環食とかダイヤモンドリングとかこの条件でしか見られないからね。
月の自転周期と公転周期が同じなのも奇跡的。常に同じ方向しか地球に対して見せていないというのは考えられないようなことだ!
裏に模様が無いというので不思議がってる人達がいるが、これは当たり前のことだ。裏のほうが隕石が当たる確率はかなり高い。

かぐやひめが月から来た、という話があるが、その当時、月が、人が住めるほど大きなものであったという認識があったのが不思議。
普通に考えて、空にある小さな円盤のようにしか見えないはずだ。もちろん不思議な存在だが。


死者を蘇生させる技術は結構現実的に想定できるものではないだろうか。
できたとして、死んだ本人が生き返るまでの時間は一瞬に感じられるはずである。では今まで死んだ人が生き返るかどうかは永久にわからないか生きかえるはず。変なところはないかもしれないけどね。
「意識(記憶)がなくなるんじゃない?」
「それじゃあ死んだのと同じでしょ」

一緒全くく同じ物質としてコピーできる機械というのは、結構現実的に想定できるものではないだろうか。
できたとして、自分がそのコピー機に入ってどこか別の場所で複写され、本人が殺されたら、それはコピー機まで瞬間移動したように感じられないだろうか。
「どこでもドアってこういう仕組みだと思う」
「こわいよそれ」


まあ会話だとそこどまりだったんだが、死者の話と瞬間移動の話は実は僕のなかでは先がある。
皆さん暇だったら考えてみて。答はないかもしれないが不思議だと思うよ。

死者のその後の意識は蘇生術があったとしたら、永久に別の意識になりはしないか、蘇生されるか、ということなので、来世などというものは存在しなくなる。
つまり、どの生物も生物だったものも違う意識からなるもので永久に保存されている。
もちろん、親の意識は子には直接反映されはしない。
ありきたりかもしれないが、一つの命の重さを感じないかね。

さて、本人と全く同じものが複製されてしまったら意識はどうなるか、という話は複雑すぎることだが、これは自己の連続性を否定すれば解決できなくもない。わざと難しく言ったのはすべて説明する気力がないからだ。これも考えてみて欲しいと思う。
で、ここで一つ問いを発する。宇宙のどこかで、高度に文明が発達し、同じものを複製できる機械が作られたとする。また高度な望遠鏡のようなものを持ち、自分とおなじものを複製されてしまった。
もちろん自分は気づかない。
その宇宙人は複製を殺した。自分は気づかない。この時点で問題はない。
自分が複製されたと同時に自分が殺された。自分の意識の状況が脳などからだの内部にあるものだったら、まったく同じ意識が宇宙人のもとで生成されることとなる。
かくして自分が死んだとき地獄にも天国にもいかず、別の星に移動したのである。
まさに天獄!

ちなみに、これは意識が記憶の回想と捕らえれば解決できる(かもしれない)。これに関しても述べない。

あー、楽しかった!
ふう。。。
今情報の授業中~。

html文書書かされてる。懐かしいといえば懐かしいが、すでに知ってるものばっかりで、暇すぎるともいう。授業の意味がよくわからない。

あと40分もあるかと思うとぞっとする。さて、暇だから文章でも書こうか。

昨日(ってか日付変わってから今日だけど)、友達の家に泊まって、1時間前に登校、練習室でシャランのバス課題を弾いたりして、時間をつぶしていた。

2:00ごろから布団に入っていたのだが、ずっと話していたので、寝たのはおそらく2:30くらいだと思われる。

起きたのは7:30なので、睡眠時間は5時間、まあまあか。

慣れないところで寝るというのは少々疲れるものだが、結構快調な朝を迎えた。

今日は早めに(20:00くらいに家に着くように)帰ろう。

靴買わないといけないし、散髪もしなきゃいけないし・・・。

まだあと37分もある。なんか語ることないかな~。

何にもないな。話題はあっても、それをまとめるだけの能力がない。

最近1日ひとつは文章を書かないと何となく落ち着かない。それは、mixiを更新しなきゃいけないとかそういう罪悪感からくるものではなく、むしろ、習慣として。

しかし、口語調で書くことが多い。すると、しっかりした文章が書けなくなってきているのではないか、という危機感があったりする。

僕は、文章をでっちあげる能力を自慢にしてきたのに、それを奪われるのはつらいことだ!

それから、最近英語調の文章を書くようになってきたかもしれない。

英語の翻訳のような文章はそれはそれで効果的だったりして、好んで使っていたのだが、それが、普通になってしまうと、日本語として不自然な文章になってしまう。

とにかく美しい文章を書き続けられるようにしたい。しかし、推敲しない僕としては、かなり神経を使うことで、毎日続けるのは少々無理そうだ。

だから、現状維持でよい。今、時間をつぶすために、文章を書き続けているが、こうやって文字数を引き延ばす技術というのも、中学高校で得た大きな技術の一つだ。

さて、文章を書き始めて10分、ついに、あと授業は30分となった。

もう少しの辛抱だ!

この前情報の授業中にyahoo将棋をやったりしたが、あれは案外時間が危なくなったりするので、あまり好ましくないものだった。
yahoo麻雀とかやってみたいが、あれはもっと時間が怖い。

ところで、昨日友達と話していたことだが、運の要素が高いゲームに実力の入り込む余地がどれくらいあるか、ということである。

運の要素が全くないゲームというのは、基本的にはないが、ほとんど無いゲームというのはある。
たとえば、将棋囲碁チェスオセロなどなど。完全情報二人ゲームともいうな。
しかし、これは本当に運の要素が先手後手だけなのだろうか。
相手が何をさしてくるか、というのは運の要素に入らないのだろうか。
事実、将棋が先手後手以外の実力100%のゲームであったら、少しでも強い人が、毎回勝ち続けることになるように思われる。
ただし、実際はそうではない。
もちろん、未来に、コンピュータなどが将棋の全手順を解析して、そのなかで、それらに戦いを挑んだら、実力100%かもしれないが。
実際指してみるとわかることだが、将棋は実力100%のゲームではない。
自分の中の二者択一を心の中のコインを投げて決めることもある。

よく誤解されそうなことだが、7並べは運の要素がほとんどだ、というのは嘘だ。
手順によって、かなり勝敗は偏る。
もちろん、初期カードが、A23JQKあたりしかなければ何も出せないまま勝負が終わってしまうこともありうる。だが、こういう極端な運の悪ささえなければ、ほとんど実力によって勝敗は決まってくる。たぶん、上級者と初心者がやれば、どんなに多く見積もっても5回もやれば、上級者が勝っていると思う。

ましてや麻雀は、1回の勝負の中に、何回もの運の配りなおしが含まれていて、勝敗に運が入り込む余地はほとんどない。
天和二連続とかそういうことにならなければ、おそらく上級者がまず勝つ。

運の要素が入るゲームというのは、大体の場合、全く同じ状況というのがありえず、その場での対応が重要視される。
それは、ゲームへの根本的な理解が必要で、将棋の定跡を暗記するのとは少々違う。

ということで、ほとんどのトランプゲームや、麻雀とかそういうゲームも実力がほとんどの世界だ。よっぽどの不運に見舞われない限り、負けは実力の無さ、勝ちは実力が相手を上回ったものと見てよい。もちろん、相手にもてあそばれている場合は別かもしれないが。

とくにわかっていない人が多いが、(僕の高校同級生にそんな人はいないと思うが)ポーカーは運の要素が全くないゲームと言ってよい。
どうしても、100回200回、それどころではない回数をやるポーカーは、全く実力だけの世界だ。
トランプの強さもほとんど関係ない世界で、運の要素がどこにある?という疑問を投げかけてしまう。

やってみればわかる話だが、ほどほどに。

さて、そろそろ授業が終わりそうだ。それではまた。
目標達成!
ついに!

iPodのソリティアで、$65536突破!

スコア
賞金合計:$65,631
ゲーム平均:$0
ゲーム回数:3102
勝ちゲーム553

ちなみに最高値は65800近くを記録しているが、現時点ではこう。

おそらくここまでやりこんだ人は世界でも少ないと思うがどうだろう。

ちなみに、ゲーム平均は32767以下の場合は、
賞金合計÷ゲーム回数を小数点以下四捨五入で求められ、
32768以上の場合は、
(賞金合計-$65536)÷ゲーム回数
となる。つまり、$32768からはゲーム平均がマイナスになってしまい、そこからは、0に近づけていくゲームになっていくのだ。

ついに0になったが、65536を超えても何も起きなかったというのは少々拍子抜けである。今度の目指すは$131072かも知れないが、ここまでやる根性は・・・おそらく無い。

ちなみにに真のゲーム平均は$21で、ゲーム回数500回あたりからの最低値が$16、最高値が$24ということを考えると、まあ、こんなもんだろう、という感じ。$22はキープしておきたかったが、それは適わなかったようだ。
初めてまとも・・・?
考えてみれば、作曲の授業に真面目な曲を提出したのは今回が初めてかもしれない。

いや、「死刑囚最後の日」はかなり真面目に書いたつもりだったんだが。

基本位置のための、はもう書く気なくしたからどうでもいいや。

「えのき尾高テーマ事件」は、かなり危なかったからねえ。

今回も、あんまり普通ではないが、この前この記事にも書いたフーガを提出。

結構自分の発想の枠から抜けた助言をいただいたりしてありがたかった。

だが書き直す気は無い。


最近思うこと・・・みんな和声サボリすぎや。

いや、僕の周りだけがそういう人で多くなったのかもしれないが。


真面目と不真面目のバランスを上手く取る技術というのは、人生において必須だと思う。
移り変わる心
昨日書いたフーガを今日完成させようと思い、授業中に書き上げるが、いかんせんピアノがなくて、なんか集中力も途切れがちになってしまい、結局あまり自分の思うように完成できなかった。

そうすると、以前書いた部分まで悪いように思えてきてしまい、結果作品に対する愛着が薄れる・・・。

仕方ないから必死に自分の作品を褒める。

そうでもしないとやっていけないからね。

欠点を見つけるのも大事だけど、やはり、根幹部分に好きなものがないとダメなんですね。

何事もそうだ。

で、案外次の瞬間には好きになってたり・・・。
1:30には寝る!
今軽く平衡感覚を失っていて、疲れとかは感じないのだが、ちょっとヤバイのは感じてるので、1:30には寝る。
それまでに記事を書く。今1:18、10分しかねーや。

今日はいろいろおもしろいことがいっぱいあった。

和声で、7声にしたり機能進行を崩壊させたり、変終止で和音じゃない和音を使ったりしたが、
7声の部分は、この和音は面白いね、ちょっと重いけど、なるほど、見たいな感じで褒められる。
機能進行の崩壊は、こういけば簡単なのに、、、普通なことはしたくないと、と言われた。
変終止の変な和音は、ここは工夫してるね、みたいな。

まあ、実際の音を書いてないので、どれくらい変かは伝えようがないが。

そして、作曲の授業は、先生とは違う先生の宿題を何故か僕がやって、それを出した(金曜日にやったことを違う先生に見せた)という、冒険。

助さん曰く「えのき尾高テーマ事件」、だが、これは和解。
いや、なかなか有意義なことを言ってもらえたと思う。

が、少々先生の表情が歪んでいたことを察知した人もいるようだ。

終わったあと、メシアンの幼子イエスに注ぐ20のまなざしの全曲演奏会に行く。

ちょっと先生、練習してないでしょ、譜めくりくらいつけたら?席の立ちどころがよくわからないんだけど!
とかいろいろ文句の付け所はあったが、かなり良い演奏だった!
感動した!
1曲め、始まって10秒位して、不覚にも込み上げるものがあった・・・。
そのあとこの曲が終わるまで涙が止まらなかった・・・なんなんだ、この演奏は!この曲は!
すばらしい!
こんなピアノ演奏、久しぶりっていうか初めて?
とにかくすごかった。
他にも感動できるところはいくつかあったが、6曲目の譜めくりのたびに音楽がストップするので、ちょっと感動が弾いたり、携帯電話が鳴っちゃった人がいたり、途中退席する人がいたり、で、少々興ざめしかかってた。
それでもすばらしい演奏は最後まで続いた。

良かったなあ~。

ちなみに、なぜか作曲科の集まりにえなじ~が紛れ込んでたんだけど、かなり自然だったから良かった。

うん、今日(昨日)はこんな感じだったかな。

さて、明日(今日)も帰りが遅くなるし、しっかり睡眠をとらなくては。

最近蚊による睡眠妨害がひどいからなあ。

頑張って寝る!
CDを買う
ワルシャワの生き残りのCDを買う。

8枚セット・・・ワルシャワの生き残り自体は7分弱、なんかいろんな曲がついてきた。

シェーンベルグ、ベルグ、ウェーベルンなどの。

で、早速ワルシャワの生き残りを聞く。

なんで音楽してんの?って感じだった。

台詞にビブラート付けるな~!

歌わないで語って欲しい、まあ、第一感。

CDプレーヤーの調子がずっと悪くて、飛んだり止まったり、ということで、結局どうなのかよくわからずに終わる・・・残念。

調子がいいときにもう一回聞こう。

12000円は高かったかなあ・・・。
暇な一日
日曜って暇だよね。

休日も全くないのは困るから週に一日は欲しいが、二日もいらない。そう思わないかね!

まあ、なんか、とくにすることもない日だったから、書くこともあまりないか。

何か考えたことを書くにしても、そこまで体力があるわけでもなし。

困った・・・記事のネタがない・・・。

う~ん、、、どうしよう。

そうそう、今日風呂の中で考えたんだけど、

昔はこうだった。

川はどうだった?

昔はこうだった。

山はどうだった?

昔はこうだった。

月の昇る晩は、海が荒れ、

月の出ない晩は、心が荒れる。

恐怖に身を任せる天体。

無知な人間。

無知であるからこそ楽しく、それに気づかないから排除しようとする。

私達は、恐怖に身を任せることができない。

抗ってしまう。

昔はこうだった。

今もこうかもしれない。

先のことはわからない。

無知だから。

でも恐怖ではない。

川はこうだった。

恐怖ではない。

山もこうだった。

あらゆる意味において、今こうであることは無知ゆえのことかもしれない。

また一方でその恐怖を覗こうとする。

それは快感だから。

ただ矢が飛んでいるのを見るのは嫌だから。

自分で軌道を変えたいから。

矢に乗ってみたいから。

今はこうであった。

未来もこうであった。

今は今でなくなった。

未来も過去になった。

身を投げ出してみたから。

赤く熟した先はそうなっているから。

天上の湖、地獄の湖

山と川。

そして、今はその途中。

進んでると感じてる、飛んでいるとも感じてる。

回ってないよ。

回っているものか。

同じことはないんだ、違いなく。

恐怖だ!

わからないんだ、それが。

全てが。

天体を見て恐怖を感じることは無い。

内に秘めているだけだから。

悲しくない。

嬉しいだけ。

天体の叫びは強烈に耳の鼓膜を突き破り、はじめの一瞬以外はまったく聞くことができない。

そして、私達を麻痺させる。

慣れてしまっている。

私達は、つねに喜んでいなければならない。

天体に操られては滅ぶだけだから。

また超えなければならない。

川を。

山を。

天上の湖を。

そして、地獄の湖を。

未来がこうだったのが、今の未来はこうではないかもしれない。

そう信じて。

喜んでいなければならない。
合併するしか・・・
最近mixi記事の更新ばっかりに気を取られていて、このブログがないがしろにされている。

仕方ないので、同期しようかと思っている。

というわけで、明日から同期しよう。

詰まった!!にのみふさわしい記事や、mixiにのみふさわしい記事はそちらにしか載せない方針で。
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