詰まった!!
僕の窮屈な頭蓋骨の中身。
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古典
ベートーベンピアノソナタ31番を趣味で練習始めた。

うむ、とてつもなく難しい。

ペダリングが感傷的になってしまったり、旋律が長くなりすぎたり短くなりすぎたり。

ピアノの先生に言われ、極力アーティキュレーションには気をつけているが、それでも、指使いの工夫や、ペダリングの工夫が足りないことが多い。

アーティキュレーションの点では、2楽章が恐ろしく難しい。
右手と左手のアーティキュレーションの違いや、急激な変化、細かいスラーとかテヌートスタッカートとか、それだけでも大変なアーティキュレーションが次から次へと出てきて、嵐が過ぎ去るような緊張感を持って全て表現しなければならない。
それも、和音が多く、旋律線と和声のバランス、バスの運動性や力性など、気をつけるところは枚挙に暇がない。

3楽章のアーティキュレーションも恐ろしく難しいが、何より難しいのは対位法的に、旋律的に歌うことだと思う。
全ての音が同等の価値を持っていて、全ての音に注意を払い、その音単独の音色と隣の音との関係性、主題の位置など、気を付けることが多すぎる。

こんな難曲に挑みたくなるのは、やはり、この曲が大好きだからで、ベートーベンらしい起伏や緊張など、古典曲らしくあり、らしくなくもあり、バランスのとり方も素晴らしいと思う。

コーダの右手と左手の開離は、信じられないような劇的な効果を出すし、和音などの配置の聞きなれない形ですら、いとおしく、また、身もよじれるような苦しみや、喜びが詰まっているようである。

最近は古典派の曲を弾くのが楽しい。

細かい音の音色の操作が必要であり、やりやすいから。

ただ、途轍もなく難しい。ただ弾いているだけではまったくおもしろくもなく音楽にすらならない。

だからこそ挑みがいがあるというものだ。
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夢が現実をより生々しくする
どのような夢を見たか、その具体的な内容はその内容自身によりここに書くことはできない。

ただ、日頃の恐れ、苦しみ、葛藤がおもしろいほど、本当におもしろいように具現化され、僕の想像と現実、道徳と願望が戦いあって、結局自分の思い通りにはいかないということを目の前に生々しく提示された。

何のために夢を見るのか?
という疑問はナンセンスかもしれないが、
今回に限っては、それがわかるような気がしてくるのである。

将来の夢と、睡眠の夢は、何故か日本語でも英語でも同じ単語で表される。

不思議なことに、どちらも自分の願望が提示される。

そして、どちらも打ち砕かれるかもしれないし、どちらも叶うかもしれない。

ただ、夢の中で願望が叶ってもどうにもならないかもしれないが、人生のなかの願望が叶うことが、どうにかなるものなのか、と考えたとき、

やはり自分がこの身体で勝負している以上、人生ははかない、夢ははかないなどという前に、最大の努力はしなければいけないと感じる。

もっとも、その最大の努力を粉砕する夢だったのだが。
旅の恥はかき捨て
ちょっとフランスにでも行ってこようかと思います。

いや、冗談ではないんです。

それも観光目的でも誰かと会いにいくわけでもなく、

ただ、自分探しというか、社会を広げるというか、

自分の捕らわれている生活や環境や財産や名誉から、

一時的にでも抜け出すために。

命があれば、なんでもできる。

どこまで堕ちようとも復帰できると思う。

その能力を持ち合わせている自信はある。

だったら、時間という拳銃にただ撃たれるのを待つだけではだめだ。

僕という人間の特殊性や能力が、

あらゆる枠組みのなかで、どこまで通用するかを試したい。

打ちのめされようが、無視されようが、

命のある限り復帰できる。

というわけで、予定は11月か12月。
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