詰まった!!
僕の窮屈な頭蓋骨の中身。
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金土日2
さて、本番。
1曲めは、夏にアンコールでリレーをしていたマ・メール・ロワ。演奏会のはじめに持ってくるだけあって、非常にに洗練されていて、古風で上品なスタインウェイのピアノとよくあっていました。二人の演奏者が全く違う音色をだしながらそれでも呼吸を合わせていく・・・、というのはまさにアンサンブルの極致だと感じました。
2曲めは、藤井先生の月の光を控室で聞き、3曲めはブルジョワのワルツ。
本人がブルジョワでブルジョワが大嫌いだったという人がブルジョワを皮肉るためにかいた曲。
ちなみに日本初演だったそうな。
3曲あるなか、1曲めが終わったとき客席から歓声と拍手が・・・、途中だったと気付いたようで、すぐやみましたが。

休憩をはさんで、高橋先生のとげうた。
これが変わった曲で、民謡風現代音楽なのですが、雨の音とか心情とかそういう具体的な音と古風な響きの不思議な融合、でありながら、音は完全に現代音楽なのですが。
次に高橋先生のソロ、これはバロックの変奏曲でしたが、対斜が多く、それがとても感動的で上品な曲でした。
最後はクルターク=バッハ。
演奏会を終わるに相応しい、素敵な曲でした。

アンコールはソロ1曲ずつで、控室で聞きました。

終わった後は、夕食とお酒までついて、まったく正反対の方向に酔っていらっしゃった二人の先生が面白くて、楽しい夜でした。

さて、家についたのは11:00とかでしたが、日曜日はエマールの演奏会、金曜日、残念に感じたエマールでしたが、日曜日は・・・

続きます。
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金土日1
金土日、と。

金曜日はフルートが休講だったので、オケのパート練習?をして、レッスンのために3限をサボってまで何もせず、4限はフルートの先生が、ラッヒェンマンのギター曲の奏法解説をするというので、そこに行って山田岳さんの講義を聞いてきました。
5限の作曲レッスンは奇妙奇天烈摩訶不思議なことに、お墓を散歩し、煎餅を買って、教室に戻ったら当ブログの音読(講演?)をさせられて。
おそらく先生はこの記事を読まれると思いますが、決してそのことによる言論統制のなきよう、自由に書かせて頂きます。

終了後、エマールの演奏会を聞きに行きました。リスト、ワーグナー、リスト、ベルク、リスト、スクリャービン、リスト。
トッパンホールでしたが、ピアノがエマールに完全に負けていて、ffもppもその微妙な表現を出しきれていなかったように思います。ホールの問題(席の問題?)かもしれまえんが・・・、当のエマールもミスタッチが何度もあって、???な演奏会でした。
曲もエマールのイメージと違うような感じで、少々不完全燃焼な演奏会・・・でした。

そして、結論から書くと、それがいかに計算されていたか、ということに気付かされることになります。


土曜日、この日は藤井一興先生に頼まれて深谷まで譜めくりに行って参りました。
高橋悠治先生との連弾とソロで、これは夏にあったトッパンホールの再来・・・、その時も譜めくりさせて頂きましたが、演奏者と最も近いところにいるということが非常に刺激になり勉強になったものなので、今回も期待して行きました。
深谷の森の中・・・、という感じのレストランカフェのような場所(実は卵やさん!)に着きました。なんと僕にまで昼食がでて、3人で昼食、上品なスパゲッティとサラダ、いや、素晴らしい昼食で、コーヒーすら逸品でありました。
さて、続きます。
濃度と範囲
言葉とは、極度に抽象化された概念を表す記号である。

特に単語は。

ある名詞や動詞を出したところで、それが具体的に何を表しているかは人によって違うことが多いだろうし、具体的に何も思い浮かばない人もいることだろう。

しかし、文学は、非常に鮮明に具体的な場面を描くことができる。

絵画の表現主義のように、ぼかして描くこともできれば、捉え方を二重以上に持たせたり、騙し絵のような立体感を出すことまで可能だ。

なぜ可能なのか。

ある単語を出したとき、その抽象化された概念は、範囲と濃度というパラメータを取って設定されているように思う。

机、という言葉をだせば、範囲は、足が付いていたり、物を載せることができたり、という、とても大きい意味での机であり、ダンボールを机代わりに使っていたり、また、支えるもの、とか、土台、とかいうイメージにもつながる。そのイメージの許容できる部分を範囲と呼べると思う。部分というからには、全体が必要であるが、全体とは、人間の想像しうる概念の全ての可能性を示す。

そして、机という言葉で、ダンボールよりは、足つきの机を想像するし、学校の机のようなものにたどり着いたりすることが多いと思う。そのどの概念が想像されやすく自然であるかの度合いを濃度と呼べると思う。
もちろんこれは人によってちがうが、ある程度一般化もされうることだと思う。

さて、抽象的な概念を表す記号である言葉が、なぜ具体的なものを描けるかというと、単語、特に名詞や動詞や形容詞によって、範囲と濃度を提示し、助詞によって、その重ねあわせ方を提示することによって、はっきりと濃い部分をつくりだすことができることだと思う。

そして、その濃度は掛け算的に定義されることができそうだ。

50個の単語があり、そのうち30個が名詞、形容詞、動詞などの、抽象的ではあるが、ある概念を表すことばだとして、そのうち一つでも濃度が0の部分に入ってしまったら、そこである可能性は全く無くなると思う。

また、一つが限りなく0に近ければ、その部分である可能性は否定できないが、読者に迷いを生ずることになるだろう。
それを狙うのも技術だし、避けるのも技術だ。


そのような掛け算的な濃度の合成によって、一つに特定することを具体化と呼ぶことができるし、二つの濃い部分を作れば、ダブルミーニングとなりうるし、濃度を平坦にすれば、抽象的な文をつくることができる。

イメージを喚起させる文章というのは、はっきりした濃度分布とその構成や秩序がわかりつつも、一点に定めることができず、多くの概念を関連付けてその世界を飛び回ることができるような文章であると思う。

単語の選びかたと接続の仕方という技術のみによって、無限の概念の世界の地図を描くことができる、というのが、文学の素晴らしい魅力となるだろう。
トマトケチャップ
トマト!トマト!トーマートーが、ヤッテキタ!

ちゃっちゃっちゃっ!!

そ、そ、そ、そこにおわすは?

「HEY!!」

宇宙人!私達!宇宙人!

イチゴのような濃厚な香り!!いヴされる~!

やっぱりここは遠大な計画で責めなければならぬ・・・、
「合点承知」

疑いもないな・・・、

No!Si!

そして、 で、どちらへ?

太陽!太陽!太平洋!

ITAIYO!
知ってるわい!

ワイ
ワイ
ワイ

悲しみのー、、煉獄!苦し紛れのHappy Boy!ヘイ!ノッテルカイ?

貝柱こそ珍味!うーん絶妙な塩加減だぜ・・・、なあ?

「いや、俺宇宙人だし・・・」

ああ、そうだったな。でも仕方ないことだよな。

(そんな暗い顔するなって・・・)

お通夜じゃないんだぜ!HEY!HEY!
飲んで騒いで躍ろうぜ!

我々のがっしりした足で!

それでこそ


HAPPY END・・・
ジャンル
ある友人が絵画は飛躍性に富むなどということを言っていて、飛躍とはジャンルの遠いもの同士の関連付けであり、例えば政治と絵画、というようなことでした。

どちらにしろ僕の解釈なんでその友人の言いたかったことを受け止めているかどうかはわからないのですが。

ジャンルの柔軟性という観点で音楽と美術を比較すると、たしかに美術のほうが柔軟性が高いような気がします。

宗教や政治や建築や文学といった様々なものに絵や彫刻などが付けられ、それ単独でも存在していける価値をもちながら相互的な芸術として成り立つことができます。

これは一つには、美術は何よりも写実的に表すことができるという点が有利に働いているように思います。
具体的に物質を誰にでもわかる形で表すというのは美術の強味で、音楽はそういう点で乏しいし、文学は次点で写実的だと思いますが、単純に情報量という点で圧倒的に美術にはかないません。

また、人間の平常時、もっとも意識する感覚は視覚であるということにも由来すると思います。どんな時でも、視覚情報は欠かせない要素です。

つまり、基本的に存在する感覚として、更に最も重要な感覚としての視覚というものを操る美術が、ジャンル間の柔軟性をもつ、ということで説明できると思います。

そして、音楽と美術が融合される場合、音楽は美術の一種の伴奏となってしまうことが多いように思います(しかし、これが必ずしも悪いことだとは思いません)。
音楽と美術が対等の立場として存在することは可能なのでしょうか。

音楽は色々なジャンルに付随することは得意ですが、そこで独立するか、付随として終わらせるかの選択を迫られているように思います。

たとえば歌曲なんかは、詩を聞かせる為の音楽か、詩を音楽を聞かせる為の道具として使うか、との選択をしなければならないと思います。

この場で対等になるためには、音楽が詩に対して影響を与えるということをたとえ詩人を通さなかったとしても実現しなければならないことだと思います。
模索の方法論みたいな話になったので、とりあえずここまで。
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