詰まった!!
僕の窮屈な頭蓋骨の中身。
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ジャンル
ある友人が絵画は飛躍性に富むなどということを言っていて、飛躍とはジャンルの遠いもの同士の関連付けであり、例えば政治と絵画、というようなことでした。

どちらにしろ僕の解釈なんでその友人の言いたかったことを受け止めているかどうかはわからないのですが。

ジャンルの柔軟性という観点で音楽と美術を比較すると、たしかに美術のほうが柔軟性が高いような気がします。

宗教や政治や建築や文学といった様々なものに絵や彫刻などが付けられ、それ単独でも存在していける価値をもちながら相互的な芸術として成り立つことができます。

これは一つには、美術は何よりも写実的に表すことができるという点が有利に働いているように思います。
具体的に物質を誰にでもわかる形で表すというのは美術の強味で、音楽はそういう点で乏しいし、文学は次点で写実的だと思いますが、単純に情報量という点で圧倒的に美術にはかないません。

また、人間の平常時、もっとも意識する感覚は視覚であるということにも由来すると思います。どんな時でも、視覚情報は欠かせない要素です。

つまり、基本的に存在する感覚として、更に最も重要な感覚としての視覚というものを操る美術が、ジャンル間の柔軟性をもつ、ということで説明できると思います。

そして、音楽と美術が融合される場合、音楽は美術の一種の伴奏となってしまうことが多いように思います(しかし、これが必ずしも悪いことだとは思いません)。
音楽と美術が対等の立場として存在することは可能なのでしょうか。

音楽は色々なジャンルに付随することは得意ですが、そこで独立するか、付随として終わらせるかの選択を迫られているように思います。

たとえば歌曲なんかは、詩を聞かせる為の音楽か、詩を音楽を聞かせる為の道具として使うか、との選択をしなければならないと思います。

この場で対等になるためには、音楽が詩に対して影響を与えるということをたとえ詩人を通さなかったとしても実現しなければならないことだと思います。
模索の方法論みたいな話になったので、とりあえずここまで。
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