詰まった!!
僕の窮屈な頭蓋骨の中身。
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夕の素描Ⅱ

露はなぶだう 震へるみどりの冷気をごらん
日光はその核にとぢこめられた
そらが酷しくくろずんでゐる
ぼくらははてしない外端に置かれてゐる
円テーブルにすがるやうに… かなしい鉛錘の一塊のやうに
ぼくらの心は離れて沈む……
傾角のおほきいひとひの光から
ぼくらの顔はなにを受けたか?
樹々を? 投げられてとぶ鳥の影を?……

「夕の素描」より/生野幸吉/中央公論社「現代詩集」


生野幸吉(1924-1991)は小説家、詩人で、ドイツ文学者でもあります。この詩は、「生野幸吉詩集」より。
入沢康夫(1931)によって、「・・・これらの詩の魅力の鍵は、そこで雄弁に語られている事物や観念や感懐が、それら自体が目的なのではなく、かえって、それらがまた一つの手段、一つの媒体のごときものとなって組み合わさり、それらの彼方に、超越的・非時間的な世界を喚起しているという点にある・・・」と評されています。(「現代詩集」より)

というわけで、今日はこの詩について。

僕がわからなかった単語「露(あら)」「なぶだう」「ひとひ」の三つですね。「露(あら)」に関しては、読み方によって意味が「あらわ」というようになるのか、「つゆ」となるのかがわかりません。
「なぶだう」に関しては、読み方も意味もさっぱりわかりません。
辞書は引いてもでてきません。「なぶ」で「並ぶ」とでてきますが、そうすると「だう」についてどう解釈すればいいのかわからず、読みも「dou」か「dau」なのかわかりません。
「ひとひ」は「一日」ですね。

さて、この詩は視覚的に絶妙な効果を発揮しています。
寒くて暗い大気に、一筋の光が差し込んでいる、という情景ですね。
前半の暗くて寒い雰囲気に、7行目にさっと光が射し込み、それでもそれは元からあったということに気づかされ、感動しているように、僕は捕らえられました。
入沢氏の指摘のように、その風景がこの詩の本質なのではなく、その風景の「彼方に超越的な世界を喚起している」ことに自分が引き込まれていきます。

さて、この詩はⅠ~Ⅳまであり、全体的に暗い雰囲気がありますが、暗さが悲しさを想起させるのではなく、いや、直接的には悲しさを想起させているかもしれませんが、本質としては悲しさを表現しているわけではなく、むしろその悲しさを客観的に見ることによる感動を表しているように思われます。


というわけで、いきなりでしたが、詩を読んでみたりしたのでした。
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