詰まった!!
僕の窮屈な頭蓋骨の中身。
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歩くのは楽しい
2人で歩くのは本当に楽しい!

3人か4人も楽しいけど。

5人以上はちょっと多いかな。4人でも多いかもしれないが、疲れたらROMってられる利点がある。

3人はかなりバランスが取れてると思う。

しかしなんといっても2人は身軽なのが良い。妙な言葉の誤解も少ないし。ただし、あまり親しくないと悲劇的な状況になる可能性も。

1人はこれはこれで楽しいが環境にかなり左右される。はっきり行って孤独。所持金が苦しかったり、迷ったりすると、苦痛でしかない。

いや、歩くとき何人が良いかトークをしたいわけでは無いのだが。

1人で歩いたときと、2人で歩いたときの距離感が全然違うのはいつも感じることとはいえおもしろい現象だ。

今書いてて気づいたが「ふたり」で変換するのと「2にん」で変換するときの感覚のちがいに驚いた。「2にん」ってなんか不自然でよそよそしい感じがする。

そろそろ本題に入ろう。

歩きながら話していた事。

まあ、結構何度も言ってることだけど、
月と太陽が見かけ同じ大きさというのは奇跡的。金環食とかダイヤモンドリングとかこの条件でしか見られないからね。
月の自転周期と公転周期が同じなのも奇跡的。常に同じ方向しか地球に対して見せていないというのは考えられないようなことだ!
裏に模様が無いというので不思議がってる人達がいるが、これは当たり前のことだ。裏のほうが隕石が当たる確率はかなり高い。

かぐやひめが月から来た、という話があるが、その当時、月が、人が住めるほど大きなものであったという認識があったのが不思議。
普通に考えて、空にある小さな円盤のようにしか見えないはずだ。もちろん不思議な存在だが。


死者を蘇生させる技術は結構現実的に想定できるものではないだろうか。
できたとして、死んだ本人が生き返るまでの時間は一瞬に感じられるはずである。では今まで死んだ人が生き返るかどうかは永久にわからないか生きかえるはず。変なところはないかもしれないけどね。
「意識(記憶)がなくなるんじゃない?」
「それじゃあ死んだのと同じでしょ」

一緒全くく同じ物質としてコピーできる機械というのは、結構現実的に想定できるものではないだろうか。
できたとして、自分がそのコピー機に入ってどこか別の場所で複写され、本人が殺されたら、それはコピー機まで瞬間移動したように感じられないだろうか。
「どこでもドアってこういう仕組みだと思う」
「こわいよそれ」


まあ会話だとそこどまりだったんだが、死者の話と瞬間移動の話は実は僕のなかでは先がある。
皆さん暇だったら考えてみて。答はないかもしれないが不思議だと思うよ。

死者のその後の意識は蘇生術があったとしたら、永久に別の意識になりはしないか、蘇生されるか、ということなので、来世などというものは存在しなくなる。
つまり、どの生物も生物だったものも違う意識からなるもので永久に保存されている。
もちろん、親の意識は子には直接反映されはしない。
ありきたりかもしれないが、一つの命の重さを感じないかね。

さて、本人と全く同じものが複製されてしまったら意識はどうなるか、という話は複雑すぎることだが、これは自己の連続性を否定すれば解決できなくもない。わざと難しく言ったのはすべて説明する気力がないからだ。これも考えてみて欲しいと思う。
で、ここで一つ問いを発する。宇宙のどこかで、高度に文明が発達し、同じものを複製できる機械が作られたとする。また高度な望遠鏡のようなものを持ち、自分とおなじものを複製されてしまった。
もちろん自分は気づかない。
その宇宙人は複製を殺した。自分は気づかない。この時点で問題はない。
自分が複製されたと同時に自分が殺された。自分の意識の状況が脳などからだの内部にあるものだったら、まったく同じ意識が宇宙人のもとで生成されることとなる。
かくして自分が死んだとき地獄にも天国にもいかず、別の星に移動したのである。
まさに天獄!

ちなみに、これは意識が記憶の回想と捕らえれば解決できる(かもしれない)。これに関しても述べない。

あー、楽しかった!
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