詰まった!!
僕の窮屈な頭蓋骨の中身。
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悪口論
人間だれしも悪口を言われたいとは思わないものです。

しかし、偽りの賛辞のようなものを受け取るのも、なかなか辛いものです。

そもそも、悪口というものは、性質のことなるものがいくつもあります。

「お前は嫌いだ」
「お前は不細工だ」
「お前は努力不足だ」

etc.ですが、全て性質の違うものと言って良いでしょう。

「お前は嫌いだ」タイプの悪口は言ってしまえば好みの問題であって、私と対象との関係の悪さを主張する相対的評価であって、絶対的に悪いと言っています。
弁護するとすれば、お前は視点によっては良いこともあるかもしれないが、全体的に私に受け入れることはできない、といったところです。

「お前は不細工だ」タイプの悪口は、私から見てではあれ、絶対的悪さを主張しています。これは「嫌い」タイプとは違って、ここを直したほうが良いというニュアンスもだせます。進歩的悪口とも言えるでしょう。

「お前は努力不足だ」タイプの悪口は、悪口というより、ただのお叱りです。これは、相手を評価しない、というよりは、評価に値がゆえ、さらに高めたいという意図がある言葉です。

このように、悪口はたいていの場合、それがただ単に否定的評価だけというものではありません。その意図があるといえるでしょう。
このような悪口が喧嘩の元となるのは、その意図が解釈できなかったり、相手の忠告が上から目線に感じてしまうといったような、悪口を言われた人の解釈不足、思い上がりからくるものと言えます。
それに対し不服がある場合は議論に持ち込めば良いのです。

ただ、悪意のある悪口、挑発的悪口となると話は違ってきます。
相手を怒らせることに意味がある悪口はそれが非常な場合でなければ、まず進歩を目的としているわけでは無いように思われます。

僕は悪口の言われ方という技術を提唱します。
悪口は悪というわけではありません。その聞き方、拒否するにしても受け入れるにしても、それだけの容量と謙虚さが必要です。
どのようにすれば、自分が先へ進めるか、相手を先に進められるか、社会が善い方向に向かって行くかということを客観的にとらえて悪口を評価すれば、きっと、悪口はただ拒絶するのが良いとはならないと思っていただけるかと思います。
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