詰まった!!
僕の窮屈な頭蓋骨の中身。
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
ゲシュタルト崩壊
ゲシュタルト崩壊。
まあ、あまりにも有名なので、みんな知っているかとは思いますが・・・。

全体像を全体として認識できなくなること

らしいですね。
自然のものは、たいてい、単純な構造のものが組み合わさって複雑なものを作り出しています。
たとえば、ダイヤモンドは、炭素から作られていますが、別の組み合わせ方をすると、鉛筆の芯のようになったりして、いろいろ複雑なことができます。
ゲシュタルト崩壊は、その鉛筆の芯を芯として捕らえることができず、炭素として捕らえてしまうこと、のようです。

↑のように書くとわかりにくいですが、同じ文字を100個も書けば、簡単に実感としてつかめますね。

ひらがなを書くときに、私にとって難関なのが、「む」と「ら」の二つで、どうしてもうまく掛けません。
「む」をずっと練習していたときがありましたが、当然のようにゲシュタルト崩壊を起こしました。
私がよくゲシュタルト崩壊を起こすのは、「て」という文字。この文字がからどうしても意味が抜け落ちてしまう。

「借」という字がゲシュタルト崩壊を起こしやすい文字の筆頭として言われていますが、見続けるだけでは私は6分くらいかかりました。
起こりやすいといわれている所以は、3つの部分に分かれていて、バラバラに見やすい、直線が直角に絡まっているのが大部分、この文字の形に意味が無い、というようなことからだと思います。

そこで、深く調べていくと、音楽のメロディーにもゲシュタルト崩壊を起こすことがあるとのこと。

全く気にしていませんでしたが、よく考えれば、私は常にゲシュタルト崩壊を起こしている気がします。
全体として音の塊をとらえるのではなく、個別に、音を捉えるのはよくあることです。
ただ、全体の雰囲気は、崩壊の起こしようがないです。明るい旋律はどう聞こうと明るい。これに間違いはありません。

さらに調べていくと、鏡の中の自分の瞳を見ながら、「お前は誰だ」というと、自分自身の全体像を捕らえられなくなるゲシュタルト崩壊を起こすとのこと。
これは、ネット上での単なるうわさなのか、実際にある現象なのか、今ひとつよくわかりません。
私の検索技術の低さもありますが。
ただ、自分の全体像を捕らえられなくなるというのは、頻繁にあることだと思います。
たとえば私がピアノを弾いているとき、なぜ複雑な指の動きができるのかが全くわからなくなることがよくあります。
特に、何度も練習し、弾きこなせる非常に難しい曲を弾いているときに、自分の手が自分の脳で動かされていないかのような感覚が出てくるときがあります。
私が小学生の時は、このような感覚に陥ったとき、急にミスタッチが出てきて、しばらくその曲が弾けなくなる、という現象までありました。今はありませんが。
逆にこの現象を利用したこともあります。
壁に強く手をぶつけたとき、少しおくれて激痛がやってくることがありますが、
そのときに、この手は自分のものではないかもしれないという、自分を全体と捕らえないゲシュタルト崩壊を起こし、痛みから逃れたことがあります。
このとき、痛みを感じるというより、痛みを感じていることを考えている、というような奇妙な感覚に捕らわれます。実際、それほどの苦痛ではなくなるのです。

さて、鏡に向かっての、自我のゲシュタルト崩壊、やってみたい気がしますが、また、非常に恐ろしい気もします。
なぜなら、このブログと、実生活の私を見たりしてわかるように、自分の人格がまだ一定してないと感じているからです。
私はたまに狂ったような行動をします。
理性的な行動もするでしょう。
私が狂っているような行動をしているとき、おそらく他の人からみれば、こいつは、自分とは全くちがう脳の構造をしているに違いない、みたいな感覚になっていると思います。
ボケはじめた老人を相手にしていると、うまく言葉が伝わらず、相手はどんな考え方をしてるんだ、みたいな状況になることと同様に。
一方、こちらからは、自分の頭のなかに浮かんだ言動像を表現せずにはいられなくなり、それを実行しているだけなのですから、自我はしっかりとしているはずなのです。
しかし、その自分を見ている冷静な目の内部の自分と、狂った行動をしている実際の自分がいるわけで、少なくとも、二重の人格を併せ持っているように思えます。
自分がひとつ(全体)の人格ととらえることができていないゲシュタルト崩壊を起こしているのは、確かなのです。
もし、鏡に向かっての実験を行って、人格が完全に分断されたら・・・恐ろしいことです。
自分の人格がなくなるのは、つまりは現在の自分にとっての死とおなじことなのですから・・・。


3:40追記
よく考えれば、崩壊ってあるものが別のものに変化すること、だよな・・・。
ゲシュタルト崩壊は全体像が部分的なものに変化する、ということか。
考察の対象が広まった。
スポンサーサイト
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック
copyright © 2005 詰まった!! all rights reserved.
Powered by FC2ブログ.
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。