詰まった!!
僕の窮屈な頭蓋骨の中身。
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山椒より小粒でもピリリと辛いもの。
最近、ピリピリした人間関係を見るのが多くなってきた。

別に時期は全く関係ないんだろうけどさ。

自分の主張同士をぶつけ合って戦うのは、それなりの正当性があると思うんだけど、近頃はストレスとか、気の乱れが多そう。

今、僕は17歳で、身体的にこれ以上成長しないところまで来ていて、精神もそこまで軟弱では無くなった自信がある。
もうここ数年くらいキレたことが無いし。

この状態はいつまでも続いたらいいなあとは思うんだけど、50~60台にかけて、自分の精神を理性で抑えられなくなる時期がくるのは仕方ないらしく、もし自分がそういう状況になってそのときにストレスを他人にぶつけていると嫌だな、と思う。

ただ、この年代には、精神的に欠点があるだけでなく、また、心の切り替えが早いという長所も持っているようだ。

僕なんか、一度些細なことでも気になると、3日くらい悩んじゃうことだってあるし、結構長期にわたってしまうけど、年をとると、30分くらいでコロッとなおってるんだから。

気は短いというけれど、本当に短いらしく、自分に不都合なことが入ってくると、すぐに怒りを発散させてしまう距離的な短さと、その怒りの蒸発の時間的な速さがあるらしい。
(ビーカーの中に水を入れるような感じを想像している)

そうそう、時間の短さといえば、、

時間ってひとつの次元であるって言った人がいたけど、アインシュタインだったかな?
時間って本当に軸があるのか?という疑問再燃。

時間が一定方向にしか進まないような感じを受けるのは、エントロピー増大則があるからである(←これも本当かよ、って疑問があるんだが、そういうことにしておく)

つまり、拡散しているから時間があるように感じるのか。

現在と一瞬先(そこまで短くなくていいよ)の可能性があって、どれかを取って進むんだが、
そのときに、あまりにも拡散しすぎた樹形図みたいなのを想像して、次の段階にリンクしているのが時間だとすると、確かに時間軸はあるな。
しかし、それは想像の産物でしかないような気がするし、どうなんだろう。

考えながらこの文章書いてるから、どう結論付くんだかわからんが進めよう。

多分僕が何を迷っているのかというと、ものさしとかで時間を計れないからだろう。
時間を空間と同じ性質を持たせて考えると、時間を長さで計るためには、時間軸において10cmくらいのものさしをつくればいいわけだ。
1秒⇔299792.458kmなんて変換する装置もあったけど、面倒だから、1秒分のものさしの長さを1光秒とでもしますか。
時間軸のない4次元で、1光秒のものさしをw軸と平行に置いたとしよう。
w軸を時間軸として、動かしてみると、3次元に住んでいる人のところにいきなりものさしの断面が現れて、1秒後に消えたことになる。
今僕の目の前に消しゴムがあるけれど、これは、地球が止まっているとすれば、ものすごくw軸に長い物体だ。今、その断面(もはや断体といいたいな)をみているのか。

なんか今、ものすごいくだらないことを言っていることに気が付いた。

結局、軸なんて何でもとれるわけだ。温度だって波長だって、人口だって軸になる(マクロな観点からしか無理だけどね)。
温度があるからこの宇宙は5次元で見ることもできないわけじゃない。まあ、この場合、時間軸と同じような性質を持つだろうけど、多分フラクタル次元みたいになってるんじゃないかな。
1次元に見えるけど、実際は0.1次元くらい、とか。
なぜ空間に加えて、時間だけが参加できたか、というと、時間が一番ミクロな点から見れるからだ。
人口が1人増えるのを1秒とする、とかできないことはない。
でも、それは、あまりにマクロな観点からしか見ることができないし、人は一人一人区別できない(世界中の人の変化は不可逆)のに、人口として可逆みたいにしているから"不便"なだけなんだ。

↑これ結構発見だった。

つまり、結論はこうだ。元の問いの答えになってない気がするが、

ファインマンダイアグラム便利すぎ。
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