詰まった!!
僕の窮屈な頭蓋骨の中身。
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恥ずかしい話題?
ちょっと今日話題に出てた、「恋愛」についての考察。段階を踏んで考察してみる。

第0章「まえがき」
ここで主張することは、僕自身だけが考えたことであって、他の材料を一切借りてない。つまり、すでに僕が持っている知識だけで考察することであるので、たどりついた答えが正解である可能性はほとんど無い。
なお、ここで書かれる記事は、可能性として、あきらかに社会通念から離れていること、社会倫理に反することがあるかもしれないが、それは無視する。
ここで考察する内容は、「恋に落ちることは、恥ずかしいことなのか?」という問いにする。

第1章「恋に落ちることの定義」
恋におちるとはどういうことか。それを考える前に、恋がどういうものであるかを考える必要がある。
同性愛、近親愛は、恋に含めても構わないのか?
まず、恋におちることは、ある対象に猛烈に心を奪われることのひとつとする。(この場合、対象はなんでもよい)
心を奪われるというのは、(数学的に定義することは不可能であるが)長い時間その対象のことを考え続けてしまうような状況、対象のことを考えずにいられなくなるような状況としてみる。
また、その対象と接したとき、(音楽なら聴いたとき、絵画なら見たとき、人なら会ったとき、話したとき、触れたとき)快感、幸福感をえられるような状態としてみる。
恋におちるとき、その対象は人間であり、多くの場合異性である。
同性(親戚も含む)の場合は、歪んだ恋であるということにして、正常(統計の7割以上がそう答えるようなもの)な恋とせず、次章からの対象とはしない。

第2章「羞恥心を感じる瞬間」
まず、羞恥心を感じる人と感じない人を区別してみたい。
人前で堂々と恋人と抱き合ったり出来る人がいる。
一方で、相手に想いを告げられず、悶々している人もいる。
前者が、羞恥心を感じない人、後者を羞恥心を感じる人と区分してもよさそうだが、後者の立場から前者の立場へ変換されることも十分に考えられる。
少なくとも、羞恥心を感じる瞬間が、自分で恋に落ちていることに気づいてしまった瞬間、他人に恋に落ちていることに気づかれてしまった瞬間の二つがあると思う。その両方を考察しなければならない。
まず、次章で、前者について考察し、その後、後者について考察する。

第3章「自分で勝手に恥ずかしがる人」
まず、この羞恥心は、本来の羞恥心(と呼べるかどうかはわからないが、他人に自分の弱みを知られることとする)とかけ離れているようにみえる。
しかし、恋に落ちることが、他人に猛烈に心を奪われることであるのなら、自分が、自分の中の相手にたいして弱みを握られたような感覚になってもおかしくない。
つまり、この場合の羞恥心は、自分の中の相手に対する羞恥心である。この場合、潜在的なリーダー気質を持っている人が、この羞恥心を持ちやすいように感じる。相手に上位に立たれることを嫌うのであるから。恋に恋するような人はこの羞恥心は持たないのではないだろうか。

第4章「他人に気づかれるのが嫌な人」
他人を恋した人以外の他人として、これは、年齢とともに減っていくように思われる。
小学生たちが、好きな人いる?みたいな話題で盛り上がれるのは、根本的に好きな人を知られると恥ずかしいという感覚があって、それをつかんで冷やかしたい(結局相手の上位にたちたい)という気持ちを持っている人がいるからである。
それが、高校~社会人になるにつれて、彼女(彼氏)がいないことが冷やかしの対象であるようになっていく。
ところが、基本的にどの世代にも共通して、恋した相手には、想いを告げられないことが多い。
この場合、振られるのが怖い、相手の下位に立ちたくない、という二通りの躊躇があると思う。
とくに振られたときに、その相手が、「バカみたい」と笑い出し、他人に言いふらすようなことがあったら最悪である(その人の人間性も最悪である!)。しかし、そうなる可能性が振り払えず、想いを伝えられないというのは十分にありうる。しかし、これは羞恥心からくるものではない(結果的に恥ずかしい思いをすることはあるかもしれないが、直接的な理由ではない)。
ただ、後者(相手の下位に立ちたくない)の場合、これは、相手に好きだと知られてしまったら、こちらの弱みを持たれているような感覚になってしまい、これは3章で考察したことの自分の中の相手が現実の相手になった状況である。
結局こういう状況に陥る人は、リーダー気質を持っていると考えられる。

第5章「恋に落ちてしまった場合、それは相手の下位にたったことになるのか?」
恋に落ちてしまった場合、それは相手の下位にたったことになるのか。これは、根本的に違うと思う。
正常な(もちろん7割以上はそうであるような)人間なら、だれしも恋におちるものだし、人間以外の動物たちをみれば、雄が必死に雌に求愛行動しているのはだれしもがしる事実である(ただ、人間は言葉という独特の武器を持っているから話がかわってくるのかもしれないが)。
ただ、好きになったということが知られてしまうということは、自分のなかの大きな一つが知られてしまうということである。
人間は、基本的に、わからなければ神秘性が増す。
顔も声もわからず、名前と実力だけが知れ渡っている人は、ものすごく威圧感がある。
写真が無かったころの英雄が、神格化されるのはこのためである。
神秘性が薄れるときは、私生活が知られてしまうとか、眼鏡をはずして素顔を見られるとか、そういう時である。
例を挙げれば、夏目漱石の「こころ」において、第二部までは先生が神格化されているのにもかかわらず、第三部で先生の本質が知られることによって、先生はなんだかよくわからない人から、人間へと「引き摺り下ろされてしまう」。
また、神秘性を薄らせる要因を知りたがるのも人間の習性であるように思われる。
つまり人を好きになってしまったことがばれると、自分の中の大きな一因がさらけ出されることにより、神秘性が薄れてしまう。これを嫌がることが恥ずかしがるといった感情のなかにでてくるのである。
これを恥ずかしがらない人というのは、つまり、自分の神秘性を放棄している人である。
それよりも、恋愛の表面的な快感を選んだといえる。

第6章「あとがき」
この文章の本質を書くことになるので、これは続きにゆずる。
この文章を書くに当たって、一番の懸念は、後に人からくらう冷やかしかもしれない。
しかし、それを怖がっていては、物事を考察することは出来ない。
それは、思考の停止を余儀なくされることとなる。
今の日本は、文理を分離(洒落使うところじゃないな、反省)して、文系の人達は、理系の範囲を考えることを基本的に許さない。
もちろん、個人的に学ぶ人はいるだろう。しかし、受験戦争によって、そのような時間をあまり与えてくれない。
これは非常に危機的な状況である。
ある細分化されたことを学ぶには今の日本はとてもよい環境かもしれないが、知識の統合するにはあまりに難しくなっている。
学問の始めは、全体を追及することによる。
おそらく、学問の目的にしたがって、理想の最終形は、人類の得た全ての知識と考えを統合することだと思う。
現在、それとは全く離れた方向になっている。
いずれこれが収束するのか、それとも、永久に発散していくのか、これはわからないが、有る程度発散していなければ、新しい発明や発見は生まれにくいだろう。だが、発散しすぎると、ある知識とある知識を組み合わせることによって出てくる発見というものが少なくなる。
現在の学問の数がどれほどあるかは知らないが、それらの全ての組み合わせというのは、おそらく数学的数字になるのではないかと思う。それほど、知識の統合がしにくくなっている。
前にも述べたように、これは、思考の停止が呼び込んだ不幸である。
また、思考の停止は、社会倫理によっても行われている。
この前ニュースでやっていた(その人はよく知らないのだが)30代後半になると羊水が腐るみたいな発言があったそうで、その人はネット上の自分の自由な発言の場でそれを書いたにすぎない。
科学というのは常に変わり続けるものであるのは、今までの記事で何度も述べた。
30代後半になっても羊水が腐らないというのは今の科学の定説であるように思えるが、その定説と「社会倫理」に反したことを書くと、救いようがないほどの攻撃を食らう。これは、学者がこれを調べる実験をさせてくれないようなものである。
もちろん、科学的に根拠の無いことを書いて人の逆鱗に触れるのはよくないことのように思えるが、思考の停止のほうがさらに罪が重い。
今、ここで書いた文章、恋愛についての考察は、確かに書いていて、恥ずかしいような内容かもしれないが、だからといってここで引き下がっていては、思考の停止を余儀なくされる。
だから、あえてこのような文章を作ってみたのである。

今まで、このことを直接的にも間接的にも何度も述べてきたが、ものすごく重要なことであると思うので、これからも何度も力説するかもしれない。
思考の停止は人類にとって最悪の罪である。
(もちろん、公の場で大衆の逆鱗に触れることを言うのは、おろかだ。それは実践知が無いという。この文章を読んでくれた人達の聡明さにも期待する。僕がそれほど聡明であるかどうかは「神秘性が薄れては困る」ので、ここでは自慢も謙遜もしないでおこう)
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